永遠のハリーハウゼン

水野重康


「地球へ2千万マイル」の話が出て参りましたね。

この作品は、どういう訳か未公開(後述)でしたが「ハリーハウゼン」の作品群の中では彼自身、最も思い入れが強く、そういう意味では「最重要」の位置に在る作品です(但し、最高作ではありません)。

「ハリーハウゼン」自身、宇宙のそれも火星とか金星に惹かれる物が有ったらしく、「金星竜イーマ」は10代にして、その原型が出来上がっていたと言われています。
しかし、何せ、当時は硫黄噴出す灼熱地獄の中に「恐竜」型の生物が闊歩しているのが「金星」であると言われていた時代でして(実際、私が子供の頃、その様な記事が大真面目で書かれていたのを覚えています)まだまだ知識の乏しい時代でした。

そこで、「逆関節のいかり肩で恐竜的な2足歩行生物」としたのが「ハリーハウゼン」自身「私のキングコング」と言って愛して止まなかった「金星竜イーマ」なのです。
後年の「サイクロプス」や「クラーケン」も何となくこのイメージをひきずっていますね。

又、「猿人ジョーヤング」と「地球へ2千万マイル」を併せた様な作品が後年の「恐竜グワンジ」でして、この3つの作品は一本に繋がります。それを考えると、いかに「地球へ・・」が重要な作品かが分かると言うものです。
(「原始怪獣ドラゴドン」と言う新東宝配給のメキシコ映画が有りましたが、これは「猿人ジョーヤング」のヘタなパクリ映画です)

さて、ここで面白い話を書かせて頂きましょう。
先程来、「金星竜イーマ」と言う名前を私は使って居りますが、実は、映画のどこを探しても「イーマ」の名前は出てきません。
「イーマ」と言う名前は北欧神話に登場する始祖巨人「イミール」の「もじり言葉」として「大伴昌司」さんが命名(?)した名前なのです。

当時の話をしましょう。
以前にも書かせていただきましたが「キネマ旬報社」刊行の「世界怪物怪獣大全集」で一気に「イーマ」の姿が人目に触れました。
時は、私が「たかはしさん」と文通を始めるホンの少し前です(所謂、前世紀と言うところですな・・)。
「名前なし怪獣」と言うのも変だ、「ゴジラ」とか「ラドン」の様な名前にしよう・・と言う事から「大伴昌司」さんが出版社に頼まれて(たぶん、近代映画社だと思います)命名したのが「イーマ」なのです
で・・、これだけならば「イーマ」の名前はそれほど浸透していなかったのですが「イーマ」の名前と姿は結構有名なのですね。
何故?でしょうか。

それはこの作品は未公開SF映画ではありますが「自主上映」と言う形で「ヒッソリ」と上映されていたのです。
「自主上映」のブームはこの後、何年かして訪れますが、そのハシリの様な形で上映されていました。
勿論、字幕スーパーは有りません。私も「自主上映」でみています所によっては、「飲み物代」とか何とか言う名目で入場料を取っていましたね。

「空飛ぶ円盤地球を襲撃す」と言う作品は、出来自体はそれほど良くは無いのですが(ハッキリ言いましてB級作品です。ところが、SF映画はほとんどがこの類でして、別に珍しい事ではありません)ウジャウジャと言う感じの「円盤群」の描写はなかなか面白かったです。
ところが、見ていると「アレレのレ〜!!」と思うかもしれません。
「東宝」の「怪獣大戦争」でお馴染みの「Aサイクル光線」みたいのものが出て参りまして、これが「効く〜!!」と言う効果を発揮する訳です。

実は、前にも少し書かせていただいたことですが、「怪獣大戦争」は「宇宙水爆戦」とこの「空飛ぶ・・」をチョイと拝借(無断で・・)と言う形で作ってあるのです。

次に、「シンドバッド」シリーズの裏話を一つ。

「シンドバッド」は実は第4作目が企画されて、プロットも進行中でした。
しかし、「ハリーハウゼン」が「チョイと気まぐれ」的に「タイタンの戦い」を作り、「疲れたから一休み」と思っているうちに、とうとう、幻の作品になってしまいました。
「シンドバッド」第4作目の題名は笑えて来ますよ。

「シンドバッド火星へ行く」・・と言うものです。

これは「ハリーハウゼン」自身が「もはや火星位しかシンドバッドが行くべき冒険の航海の地は無いのでね・・」と言っているその言葉が全てを表しています。
本当は、「金星」にしたかったのでしようが、それは無理であると言う訳で「火星」にしたらしいのです(同じ様なものだと思うのですけどネ)。

しかし、「シンドバッド」が「火星」への航海を始めるその前に、「ハリーハウゼン」自身が、もはや二度と帰る事の無い世界へ「あの世」と言う「新世界」へ大いなる旅立ちをしてしまったのです。

「ハリーハウゼン」の作品群よ永遠なれ。



2003年8月

(※本文中の敬称は略させていただきました)

著者紹介水野重康
49年、静岡県掛川市で100年以上続く医者の家に生まれる。
54年、『ゴジラ』を観て以後、映画にのめり込み、SFを中心として5000本近くの映画を観る事になる。
趣味を通じて、五味康祐氏、田山力哉氏、その他に師事する。
83年、生地に歯科医院を開業して現在に至る。

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