「ビリー・ワイルダー」・3

水野重康


情 婦 (後編)

さて、「鎧なき騎士」です。
これは、当時流行りました「ロシア革命」の映画でして、「ロシア」に駐在中のイギリス諜報機関員が、美貌の伯爵夫人アレキサンドラ(この名前でハハ〜ン・・と思う)と知り合い、彼女を守りながら革命下のロシアから様々な困難を克服して脱出する・・と言う、まあ言ってみれば「大メロドラマ」なのですが、至るところに面白い話が挿入されています。
そして、この映画の辺りから「デイートリッヒ」のイメージは「美しき悪女」から「強い精神力を持ちながら運命の流転に身を任せる薄幸の美女」と言う処へ入って行きます。
この流れが、「情婦」での配役上の伏線となっているのですね。
これまでの映画を見てきている観客が、勝手に「ああだ・・こうだ・・」と想像出来る様に配役されているのです。これは、映画史上の「配役の妙」の典型であります。

さて、余談になりますが「鎧なき騎士」で誰も書かない様な所を書かせて戴きます。
実は、「デイートリッヒ」の出演作の「たった一本だけ」の「水浴シーン」が有るのですね。
・・と申しましても、何せ「大スター」の「デイートリッヒ」ですから、世にいう処の「ポルノ的場面」とは全く違う物なのですが、何故かこのシーンは「エロっぽい」のです。
逃亡に疲れた二人は、とあるきれいな泉のほとりへでます。アレキサンドリア(デイートリッヒ)を残して諜報員(ロバート・ドーナット)は見回りに行ってしまう。・・ここで、残った「デイートリッヒ」は思わず水浴・・。そこへ諜報員が帰って来る・・。「デイートリッヒ」は一糸まとわぬ裸身を・・。とまあ言ってみれば他愛も無いシーンですが、先程から申している様に「兎に角、エロいシーン」なのです。
この手の場面は「キングソロモン」「蒙古の嵐」等それこそ無数に有るのですが、この「鎧なき騎士」のシーンは映画史上の「隠れた名シーン」で秀逸ですね。

まあ、その様な訳で「情婦」ではいかに「デイートリッヒ」が重要な位置にいるかがお分かりいただけると思います。
元々、原題は「検察側の証人」でして、映画を見終えると「なるほど・・そういう含みが有ったのか・・」とわかる様な原題になっています。それだけに私も敢えて冒頭「アガサ・クリステイの短編を・・」と言う文章にさせて頂いてあります。
そしてさらに、「情婦」ではここに「タイロン・パワー」や「チャールズ・ロートン」が絡んで来ます。
「チャールズ・ロートン」の演技は凄いです。ここで「エミール・ヤンニングス」と「チャールズ・ロートン」がダブり観客はまたまた、勝手にあれやこれや・・と考えてくれて「思考のドロ沼」に入り込んでしまいます。


しかし、さらに凄いのが「美男であるがデクノボー」の様に言われていた「タイロン・パワー」です。
「情婦」における「タイロン・パワー」の演技は「死の演技」です。
「タイロン・パワー」は数年間「ハリウッドキング」の座に君臨していた美男の人気俳優でしたが、会社(フォックス)のスターシステムの為に不本意ながら「安定した愚作」ばかりに出続け「顔だけのデクノボー」の様に言われていました。しかし、元来が「シエークスピア役者」なので(これは以外に知られていない)、舞台への憧れを強く持ち続けていました。
そして、53年「フォックス」との長年の契約を解除した時、有名な言葉をつぶやきます。
「私は今まで大衆が私の愚作に対していかほどまでに辛抱強いか・・と言う記念碑をただただ、おびただしく建ててきたのでした・・」
それからの「タイロン・パワー」は吹っ切れたかのように演技開眼し、「愛情物語」等に出演しました。そして、この「情婦」です。
「タイロン・パワー」は「可愛そうな容疑者」(実は大ワル)を熱演します。
これで、観客は「コロリ」と騙されます。「あのタイロン・パワーが悪人のわけが無い」・・。もう色々と「ゴチャ混ぜ」になってしまい、まんまと「ビリー・ワイリダー」にやられてしまうのですね。
これが「ビリー・ワイルダー」の計算でして、事実、「情婦」に於ける「タイロン・パワー」の演技は「これまで積み重ねられたイメージとは全く異なるものを作り出すのに成功した・・」・・と言われ、これにより、名実共に新しいスタイルの「タイロン・パワー」が出現したのでした。
しかししかし、この演技・・。後に考えると「何かに憑かれたような・・」と評されたこの演技。
「デイートリッヒ」「チャールズ・ロートン」と言う稀代の名優達を向こうに廻し、一歩も引かぬどころか、それをも押さえ込んでしまう様な「異様」とも思える(ハテ?・・タイロン・パワーとは、こんなに演技が上手かったかなあ?・・)迫真の演技は、これぞ正に「死の演技」だったのです。
この数ヵ月後、「ソロモンとシバの女王」の撮影中、「心臓マヒ」でこの世を去ったのです。
俳優は何故かは分りませんが、「死」と言うもののその直前の仕事に際して「とてつもない演技」をすることがよくあります。
「情婦」に於ける「タイロン・パワー」の演技は正にそれだったのです。
「タイロン・パワー」の遺児は女二人、男一人ですが、女の子の一人は「マルキ・ド・サドのジュステーヌ」に出ていた「ロミナ・パワー」で、もう一人は「シンドバッド・黄金の航海」に出ていた「タリン・パワー」です。

さて、次は「チャールズ・ロートン」です。
この人の出る映画は皆面白いですが、私が一番好きなのは「ノートルダムのせむし男」の「カジモド」ですね。この「カジモド」は天下一です(ちなみにこの時のエスメラルダは、モーリン・オハラです)。
他にも、「獣人島」(モロー博士の島戦前版)もそうですし、言ってみれば「怪奇派」の要素を持っているのかもしれませんね。
「怪奇派」・・と言えば共演者の「エルザ・ランチエスター」はこの人の嫁さんです。つまり「夫婦」で「情婦」に出ているわけです。
「エルザ・ランチエスター」と言う人は「フランケンシュタインの花嫁」で「女フランケンシュタインの怪物」を演った「あの人」です。
性格俳優の名女優です。
チョイと余談になりますが「手塚」さんが「ジャングル大帝」の一部にアイデアとして取り入れた映画「アンドロクレスと獅子」にもでています。
まあ、その様な訳で「情婦」は紛れも無く映画史上に残る大傑作でして、「ヒチコック」の作品群をもはるかに凌ぐ作品として、この種の映画の「KING」の立場に在ります。
それは、「デイートリッヒ」「タイロン・パワー」「チャールズ・ロートン」「エルザ・ランチエスター」らの名演ばかりでなく、巨人「ビリー・ワイルダー」の凝りに凝った構成力と演出力の成せる業が作り出した「空前未曾有」の作品なのです。
単なる「謎解き映画」ではありません。

このあまりにも有名な映画は、どこかでご覧になっていらっしゃると思いますが「未見」の方は、是非一度「死ぬまでに」ご覧になって下さい。ご覧になった方は、是非もう一度ご覧になって下さい。
そこには、さらなる、素晴らしい「ビリー・ワイルダー」の世界が無限の広がりを見せていますヨ。



2003年11月

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(※本文中の敬称は略させていただきました)

著者紹介水野重康
49年、静岡県掛川市で100年以上続く医者の家に生まれる。
54年、『ゴジラ』を観て以後、映画にのめり込み、SFを中心として5000本近くの映画を観る事になる。
趣味を通じて、五味康祐氏、田山力哉氏、その他に師事する。
83年、生地に歯科医院を開業して現在に至る。

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