『フランケンシュタイン対地底怪獣』は国内版と海外版があり、海外版はラストに「淡水ダコ」が出てくると言うことは、もう誰もが知っている事実です。
 ですが、この事は全くヒョンな事から表に出て来た映画史上でも、類い希なる出来事だったのです。



 当時のことを思い起こしてみましょう。
 私は『三大怪獣・地球最大の決戦』の後、「フランケンシュタイン」の出てくる怪獣物が製作されているのを知りました。
当時、『フランケンシュタインの怒り』が公開されておりましたので、偶然にも「日・英」における「フランケンシュタイン対決」のような形になったのを覚えています。
『フランケンシュタインの怒り』というのは、催眠術を使って「怪物」をあやつると言うストーリーですね。


 そうこうしている内に、8月公開の近くになり、『フランケンシュタイン対地底怪獣』の全体像とストーリーがやっとわかって来ました。
 ところが「ダコが出る」と言う話が耳に入って来ました。
同時に、読売新聞誌上にもたった一行でありますが、「タコ」の文字がおどっていました。
 まだ、公開前ですから、合点がいきません。
 そして、公開された作品には「タコ」の「タ」の字もありませんでした。
 狐につままれた様な感じでしたが、問題はその直後でした。
ひとづてに『フランケンシュタイン対地底怪獣』には「海外版」があり、ここに「タコ」が出てくると聞きました。
 そうなると、その実体を知りたくて仕方がありません。
ところが、聞こえてくるのは風の噂の類ばかりで、上映はおろか、写真すらも出てきません。
 随分と骨を折ってさがしたのですけどねえ。


 そうこうしている内に、実に以外なところから写真が出て来ました。
 この次の年に「キネマ旬報社」より「日本初」と銘打った『世界怪物怪獣大全集』が刊行されたのです。
 この表紙の右上の場所に、小さな写真ではありますが、載っていたのです。
そこにはまぎれもない「タコ」と戦う「東宝フランケンシュタイン」の姿がありました。


 話しのついでに、『世界怪物怪獣大全集』にふれてみましょう。
 時は、『ウルトラQ』が終わり、『ウルトラマン』が放映されていた年でした。
 随分と昔の事ではございますが、当時購入された方も多数いらっしゃると思い、内容についての細かい記述は略しますが、この本で、私が最も思い出深いのは、SF愛好家による「ベスト10」でした。
 この「ベスト10」の選者というのが、双葉十三郎、大伴昌司を始めとする、ものすごい顔ぶれでした。
この中に、私が最も敬愛し、尊敬する「手塚治虫」その人も含まれていたのであります。
 私はこの時点(高三)までに、それはもうものすごい数のSF映画を観ておりましたが、「SF映画のナンバー1は?」と問われれば、迷うことなく『光る眼』と答えておりました。


 また、もう一つ。
 この「ベスト10」の為に、100にものぼるSF作品があげられていましたが、私は何とこの作品を全部観ていたのです。
 この事実こそが、私の評論の原点であり、自信の根源となっているものなのです。

 話がそれてしまいました。
 それから数年が過ぎまして、ついにそして突然にその日はやって来ました。
 私は、ひとづて聞きました。
「今夜放映する『フランケンシュタイン対地底怪獣』は、海外版である」と。
 私は元来、テレビで放映する映画は観ない主義なのですが、この作品ぐらいのものですね、期待を持ってテレビ放映を観たのは。
 事情を知らない人々は、この海外版を観てビックリしたらしいのですが、逆に国内版と海外版の2作品が存在した事を初めて知らしめる事となったのです。


 さて、それでは、この様なことになったそもそもの原因「マスターフィルム」「上映用のフィルム」がどのようにして出来るのかを述べてみましょう。

「マスターテープ」や「マスターフィルム」と言う言葉があり、多くの場合、この「マスターフィルム」が全ての元となっていると思われがちですが、実はこの「マスターフィルム」を生み出す為の元になっているフィルムがあります。
 これを「マザーテープ」または「マザーフィルム」と言います。
 これは、現場で撮影を行い、カット・音入れ・効果入れ等の編集作業をしたツギハギだらけのたった一本のフィルムです。


 これを完成版として、後は、売却用として必要数だけのフィルムをつくります。
 これが「マスターテープ」または「マスターフィルム」です。
 必要数というのは、その時により異なりますが、例えば、日本国内上映用に一本、VTR製作用に一本、テレビ放映用に一本と言う具合です。
 ちなみにアメリカでは、上映用二本(東部と西部)、VTR製作用に同じく二本等と数えていきます。
 先にも申しましたように、その数はその状況(売却状況)により変化しますので、その総数は何とも申し上げられません。


 そして、この「マスターテープ」の一本、一本が売られていきます。
「あたしゃあ、売られて行くわいな」と「お軽・寛平」の様な感じですね。
 そして、売られていった「マスターテープ」は、その形を変え、「オーケー」となったところで、それを元にして、おびただしいフィルムの複製が行われ、やっと上映の陽の目を見る事になります。


 ですから、テレビ放映やVTR、DVD等で画質が異なっているのは、この「マスターフィルム」の差によるのです。
 裏話をしましょうね。
 実は、この「マスターフィルム」には、個々にわずかながら優劣があるのです。
 そして、時には甚だしい差となる事もあります。
 「アナログ」的に複製すると、どうしても多少の差異が出るのは仕方のないことなのです。
 近頃は、「デジタルマスター」式のフィルムが出ていまして、かなりのレベルで均一化はしているのですが、厳密に申しますと、入るところと出るところが「アナログ」式なので、「デジタル」と申してもそれは名目ばかりで、実のところは「アナログ」なのです。
 売られていった「マスターフィルム」は、その時の事情で色々な形に編集・修正されますが、VTR化やDVD化する時に腕の悪い、はっきり言って「ヘタ」な人間が作業すると、見るも無惨な事になります。
 「ウォルト・ディズニー・ジャパン」で販売している『千と千尋の神隠し』のDVD(初回出荷数300万本)の色調が赤が強いと巷間騒がれている事の原因などは、誰が考えてもこの時の技術者が未熟者で、トロトロした作業のあげく、デジタル変換時に色補正のミスをしただけの事なのです。
 そして、元々「マスターフィルム」には差があるのはあたり前なのですから、こういう類の事は「ヘタだなあ」と思ってしまえばそれほど腹も立たないものなのです。


 さあ、この様な事が頭にありますと、『フランケンシュタイン対地底怪獣』の「海外版」は何か解せません。
 それまでの「海外版」のイメージというのは、『怪獣王ゴジラ』でわかるように、売られていった「マスターフィルム」をグチャグチャにして新しい形にしてしまうものだと思っていました。
(『ゴジラの逆襲』の海外版もグチャグチャです)


 ところが、東宝ではきちんと「タコ」のシーンを撮って付け加えた形だったのです。
「注文に応じて何でもやります」と言う感じですね。
これをやらせたのが、かく言う「ハンク・サーペルスタイン」であります。
 したがって、「マスターフィルム」の一本に「タコ」のシーンを付け足して、逆に「マスターフィルム」を作り出し、これをさらに「マスターフィルム」化して海外(アメリカです)へ売ったのでしょうね。
 すると、テレビ放映されたのはこの時の「マスターフィルム」だったのでしょうか?
 なにが何だかわからなくなって来そうです。


 さて、変なところで海外版『フランケンシュタイン対地底怪獣』は有名になってしまいましたが、実はこれに負けず劣らの「海外版」があります。
 全くの闇に葬られてしまい、その存在はほとんど知られておりません。
 その作品とは、な、何と『座頭市と用心棒』です。
 当時『座頭市』シリーズは東南アジア圏でものすごく人気がありまして、東南アジアの興業主の御機嫌とりに作った「海外版」があるのです。
 本編では「用心棒」の剛剣が市をうち破りますが、海外版では逆に市に斬られてしまいます。
 そのまま市はヨタヨタと去っていくというラストなのですが、もう「マスターフィルム」が現存していない様な状態なので、この「海外版」は陽の目を見ることはないと思います。
 これに関連して、『めくらのお市』シリーズなどにも「海外版」がありそうな気がするのですが、真相はどうでしょうか。

(2002年12月脱稿)


「次回予告」
東映動画『安寿と厨子王丸』の原作は森鴎外の『山椒太夫』だと思ってはいませんか?
それは間違いです。
誰もがおちいるこの間違いを中心に、資料満載でお贈りする「初期長編東映動画の裏側」(仮題)近日大公開
な〜んちゃって。 

(※本文中の敬称は略させていただきました)

著者紹介水野重康
49年、静岡県掛川市で100年以上続く医者の家に生まれる。
54年、『ゴジラ』を観て以後、映画にのめり込み、SFを中心として5000本近くの映画を観る事になる。
趣味を通じて、五味康祐氏、田山力哉氏、その他に師事する。
83年、生地に歯科医院を開業して現在に至る。

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