●レコードとして発売されたものは、同時にカセットテープでも発売されておりました。
ただ、ここにご紹介したカセットテープは、カセットのみでの発売のようで、レコード化はされなかったもののようです。
同時期にはレコード店にはレコード版はなかったょうに記憶しております。
アポロン製はカセットテープ版としてのみ構成して製作・発売されたのではないでしょうか?
その辺の事情をご存じの方は、ご一報いただければ、幸いです。
たかはしよしひで・文
(「ゴジラのカセットテープ」より抜粋)

上記の「アポロン」のミュージックテープの事について、その疑問に対する解答という形で、「ある一面の東宝小史」を述べさせていただくことにいたしました。

 おぼえておいていただきたいのは、「アポロン音楽工業株式会社」こと現在の「株式会社アポロン」(以下、「K.Kアポロン」と称します)とは何か?
と、言うことです。
 これ、実は通称「ナベプロ」こと「渡辺プロダクション」のレコード製作会社なのです。(正しくは「だった」のです)



「K.Kアポロン」が出来たのは、昭和31年です。
 当時、「飛ぶ鳥落とす」とまで言われた「ナベプロ」の、まだその域に達していないものの旭日の勢いで加速中だった「ナベプロ」は、自前でレコードを出す「レコード会社」へ、転身しようとしていました。
 しかし、レコード会社設立よりも、「マネージメント」の方が「効率よく儲かる」との考えに達し、急きょ方向転換をして、レコード会社設立の話はとん挫しました。
 そこで、考え出したのが、「原盤2次落とし」です。
 つまり、他のレコード会社で作ったマスターテープを元にして、新たにレコードやテープを作ることを図々しくも考え出したのです。
 手始めとして、その音源はほとんどが当時の「ナベプロ」の歌手でした。
 したがって、「マスターテープ」つまり音源の使用料をかなり安く買いたたく事ができたのです。
 しかし、このような形で行う「原盤2次落とし」当時はタブーでしたので、各レコード会社もあまりいい顔はしませんでした。
 ところが、そのあたりはすご腕の「渡辺晋」です。
 「ナベプロの歌手は使わせないよ。よそのレコード会社に代えてやる」
と、このおどし文句で決まってしまったのです。
 泣く泣く「原盤2次落とし」に承諾したのです。
「原盤2次落とし」は各レコード会社に及びましたが、一番協力的(変な意味で)だったのは、「キングレコード」でした。
「キングレコード」には、「ナベプロ」の守護神のような「ザ・ピーナッツ」がいたからです。
 これが、実は後で「東宝」と「K.Kアポロン」が接触する要素になるとは、当時は誰も知りませんでした。
「ナベプロ」のスター達が「東宝」の銀幕で活躍するようになるのは、このもう少し後の話なのです。



 ところで、「K.Kアポロン」の親会社が「ナベプロ」であるように、「キングレコード」の親会社はどこだと思いますか?
 これは、「講談社」なのです。
 この「講談社」というところが、ミソなのですね。
「東宝」には、現在「東宝映像」という部門があります(ここは会社の都合でしばしばくっついたり、離れたりしている)。
昭和30年代にはまだ存在しませんでした。
この「東宝映像」の中に「映像出版部」という部署があります。
 戦前から今日までの膨大なる作品群と、それに関する出版関係物を、なんとかして活用したいと考えるのは自明の理であり、日本の二大出版社(通称:本屋)小学館、講談社の片方の雄と接触して、その良いところを取り入れて、ひともうけしようと考えるのは、別に不思議ではありません。
 そして、旧財閥系(阪急)で、もともと「近江商人」の東宝が、この分野に進出するのはごく自然の成り行きだったのです。
 ここに、東宝−講談社−キングレコード− K.Kアポロンが見事につながってしまったのです。
 そして、その橋渡しをした作品が、「キングレコード」よりリリースされた「ザ・ピーナッツ」の「モスラの歌」だったのです。
 この数年前から、ぼつぼつ「サウンドトラック盤」が出てきておりまして、どういうわけか自宅に「BJLハークネス」があった関係もありました、私は「サウンドトラックコレクター」へ変身しつつありました。
 もちろん「モスラの歌」も購入いたしておりました。
 そして、世の中は、LP全盛時代へと突入します。
 お手軽なカセットテープが出現するほんの少し前のことでした。

 このカセットテープのお手軽という利点を生かして、音質重視の2トラ。サンパチ(家庭用では4トラ・9.5)を押しのけて、「ミュージックテープ」の位置を奪うのです。
そして、数年が経ち、「ミュージックテープのアポロン」が本格的に活動を始めました。
「K.Kアポロン」の内部では、「ナベプロ」より独立した伊沢健の「イザワオフィス」と、おもちゃメーカーの「バンダイ」を加えた合資会社のような形へ変化していました。
 しかし、筆頭株主はあくまでも「ナベプロ」で、それも「渡辺美佐」は終始一貫変化なしでした。
 この女帝が「K.Kアポロン」を取り仕切っていたのです。
 時は流れて、世の中はついに私の待ち望んでいた「サウンドトラック」が大手を振って歩けるような、質量をカバーできる状況になりました。
 そして、ついについに伊福部昭大先生の作品群が「サウンドトラック」として、世に送り出されたのです。
 その数年前から私は、「地上最強の伊福部サウンド再生システム」を考えておりました。
 当時の日本の映画館のスピーカーがアルテイック系とパイオニア系で占められているのに着目して(現在は、違います)、アルテイックのマルチシステムを考えており、後年604-8Gを中心として、アンプ類もエクスクルーシブM5で固め、アモユフエーズでコントロールする、というシステムを作りだし、
「まあ、どこにも負けないね」と、自画自賛しておりました。
 このオーディオ関係から、五味さんとのからみが出てきますし、料理の鉄人でおなじみの「ラ・ロシエル」の酒井裕之さんや「六さん亭」の道場六三郎さんの話が出てくるのですが、これは、また別の機会といたします。

 さて、長い前ふりの後に、ついに「東宝」と「K.Kアポロン」の遭遇の話になります。
 講談社を介して「キングレコード」と商売をしていた「東宝」は、自社のサウンドトラックを、最初の頃は他のレーベルを使って発売を考えていました。
 主たる相手はこれまでの行きがかり上、「キングレコード」でしたが、日本ビクターや東芝EMI、ポリドール等にも声をかけ、商売上手なところを見せていました。
(CBSソニーは金銭面での折り合いがつかず、以後永久的に東宝のサウンドトラック群はここからは出ないことになりました)
 さらに、同時に自社製作「東宝レコード」の開発も行っていました。
 このノウハウは、「キングレコード」より譲り受けていました。
 この「東宝レコード」と「他社レーベル」での販売を続けて行くうちに、ついに伊福部大先生のサウンドトラック盤第一号が、「東宝レコード」より発売されました。
「オリジナルサウンドトラック・ゴジラ1・2・3」がそれです。
そして、「SF映画の世界・全5巻」「伊福部昭・映画音楽全集・全10巻」へとシリーズは続けて行きます。
この時期は、「スター・ウォーズ」が初めて公開されたころでした。
 次に、「東宝」は、「近江商人のど根性」で、自社のサウンドトラックを使い、もっともっと儲けようと考え始めました。
 ここに、「東宝レコード」以外でもたくさんのサウンドトラックが聴けるようになったのです。
 レーベルはいちおう「キングレコード」が優先でしたが、これには別にこだわっていたわけではなかったようです。
 そうこうしているうちに、ついに「K.Kアポロン」が「東宝」の「東宝映像」にやって来て、ゴジラ物のサウンドトラックを「K.Kアポロン」のアポロン・ミュージックテープでやりたいという旨の商談を始めることになりました。
 この時には、すでに先見の明というのか、たんなる面倒くさくなったというのか、「K.Kアポロン」はLP製作からは手をひいて、テープ中心の名実ともに「ミュージックテープのアポロン」となっておりました。
 東宝はこのあたりを危惧しましたが、永年の商売上のよしみでもありまして、商談はなんとか成立いたしました。
 ただ、二つの問題点をかかえたままでしたが・・・。
 ひとつは、今も申しましたように、LPが出ない事。
 もうひとつは、言われてみれば当たり前のような話ですが、マスターテープからのカッティング、つまり曲目を自由に選ばせてほしい。
と、言うことでした。
「東宝」側としても、「それは困ります」と言うような重大な問題でもないので、「どうぞ、ご自由に」という感じだったのだと思います。
 「とにかく、高く売れて、良い商売が出来れば、それで良い。マスターテープはこちら(東宝映像)がにぎっているし、アポロンのテープが売れれば売れたで、「東宝レコード」から、同じような物を出せば良い。つまり、どちらにころんでも「東宝」の損にはならない」
と、言う考え方でした。
 つまり、長い話でありましたが、ここにテープのみでの発売の「アポロンミュージックテープ」が出現したのです。
1:LPレコードの発売がなくとも、カセットテープのみでの販売
2:カセットテープだけのオリジナルな内容

 このふたつを持つものこそが、「アポロンミュージックテープ」なのです。

 この後、東宝はアポロン以外にもマスターテープのカッティング作品を売り出し、「サウンドトラック版元」のような感じになっていきました。
 なお、「東宝レコード」はレコード製作を行う会社で、カセットテープは販売しておりません。
 これは、LPがカッティングマシーンとマスターテープさえあれば、比較的簡単に製作できるのに対して、カセットテープはその製作過程にかなり複雑な物があるために、カセットテープの製作に二の足を踏んだ事に原因があります。
 したがって、「オリジナルサウンドトラック・ゴジラ1・2・3」を例にとると、LPは「東宝レコード」、カセットテープは「ビクター音楽産業」と、言う事になっております。
 ご参考になりましたでしょうか?


2001年10月

(※本文中の敬称は略させていただきました)

著者紹介水野重康
49年、静岡県掛川市で100年以上続く医者の家に生まれる。
54年、『ゴジラ』を観て以後、映画にのめり込み、SFを中心として5000本近くの映画を観る事になる。
趣味を通じて、五味康祐氏、田山力哉氏、その他に師事する。
83年、生地に歯科医院を開業して現在に至る。

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