「ブレイク・エドワーズ」の事

水野重康


「ブレイク・エドワーズ」は昔から「顔と名前と作品名が一致しない・・」とよく言われています。

何かすぐに忘れてしまう様な名前らしくて「ブレイク・エドワーズ?誰ですか、それは?・・」と言う調子ですが、その作品群は恐ろしく有名な物が目白押しでして、おそらく誰もがこの人の作品の一つや二つは見ておりまして、例え見ていなくても、その「作品名」だけは知っています。

「オクラホマ州はタルサ・・」と言うド田舎の出身ですが、祖父は「映画監督」、父親は「映画のプロデユーサー」と言う、所謂「純粋な映画人」です。
その作品をほんの少し挙げて見ますと・・。

「ピーターガン」「テイファニーで朝食を」「酒とバラの日々」「ピンク・パンサー・シリーズ」「グレートレース」「暁の出撃」等々・・どれもこれも「見ました、見ました!!」と言う作品だらけですね。

ここまでで監督としての地位が判ってきますが、特筆すべきは「ヘンリー・マンシーニ」との関わりです。
例えば、上記の全てが「ヘンリー・マンシーニ」の作曲に拠るものです。
作品名はチョイとド忘れしてしまいましたが、「ピーターガン」の前年「トニー・カーチス」主演の作品「野望に燃える男」で「ヘンリー・マンシーニ」と出会ってから、「三国志」の「桃園の誓い」の様に「生まれた時は違っても、死ぬる時は同じ・・」と言ったかどうか知りませんが、兎に角、お互いにえらく意気投合してしまいまして、切っても切れない関係になってしまいました。
この結果、洒落た都会的センスの作曲をする「ヘンリー・マンシーニ」の音楽は作品に相乗効果を呼び、作品を重ねて行く内にいつしか「巨匠」の仲間入りをしてしまいました。
ベストの作品は「グレートレース」です。
この後、「暁の出撃」で「ジュリー・アンドリュース」を主役に起用しまして、これが縁となり「ジュリー・アンドリュース」と後に結婚する事になりました。


2003年10月

(※本文中の敬称は略させていただきました)

著者紹介水野重康
49年、静岡県掛川市で100年以上続く医者の家に生まれる。
54年、『ゴジラ』を観て以後、映画にのめり込み、SFを中心として5000本近くの映画を観る事になる。
趣味を通じて、五味康祐氏、田山力哉氏、その他に師事する。
83年、生地に歯科医院を開業して現在に至る。

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