- 1933年版「キング・コング」は不滅の傑作である。
- しかし、清い志の崇高なる映画と言う立場からは、とても遠い場所に誕生したのです。
早い話が「ゲテモノ映画」。
- 70年近い歳月が「至高の作品」の場へと押し上げた作品なのです。
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1933年版の事を語ると、必ずこの二人の名前が出て来る。
「メリアン・C・クーパー」と「アーネスト・B・シエードザック」。
しかし、「シエードザック」の名前は、「コングの復讐」や「猿人ジョーヤング」を共に創った単なる友人として留めておいて下さい。
- 実は表面にあまり出てこない重要人物がいます。
- それが、
「マーテイン・ジョンソン」「エドガー・ウオーレス」、そして「マックス・スタイナー」。
「クーパー」は数々の記録映画を作りましたが、特に有名になった連作があります。
- 1927年の「チャング」、1928年の「ランゴ」。
「チャング」は「タイ」密林の猛獣映画で、「ランゴ」は「スマトラ」のそれ。
新作「キング・コング」では、船中で「猛獣を生け捕って云々」と言う話の件があり、その辺りの経緯が分かる様になっています。
それでは、「何故、猛獣映画を作る様になったのでしょうか?」
- これは「クーパー」自身が新聞社の通信員として、世界を歩いていた・・。
- と言う事が下敷きにありますが、実はこの当時、「この種の映画」が流行っていたのです。
そこで「有名人」と言うか、所謂「スーパー・スター」だったのが「マーテイン・ジョンソン」です。
「マーテイン・ジョンソン」は金持ちでありまして、世界各地、特に、アフリカ、ポリネシア・・と言う当時の「未開の地」を探検旅行をしながら、猛獣狩りをして、それを「長編記録映画」(今で言うドキュメンタリー映画ですな)として発表していました。
この時出て来るのが「美人妻」で有名な「オーサ」。
- そして作家である友人の「ジャック・ロンドン」(あの、ジャック・ロンドンですよ)。
- つまりは、「ジョンソン」「オーサ」「ロンドン」の3人組が世界各地を「冒険旅行」する訳です。
費用は全部「マーテイン・ジョンソン」の負担と言う、「誠にうらやましい生活」をしておりました。
この時の、3人をモデルにして色々な話が作られてパターン化されました。
- 「主人公」「美人」(美人妻かどうかは知らないが兎に角、美人と言う設定)「作家」(又は、学者)、この3人が冒険の地に赴く・・。
- このパターンは以後何度となく使われる事になります。
このパターンの「元ネタ」は全部「マーテイン・ジョンソン」一行の冒険旅行からでているのです。
そして、「クーパー」自身、「マーテイン・ジョンソン」の作品が気に入っていたとみえまして、「パクリ」の様な形で「チャング」「ランゴ」をつくることになり、この延長上で、「コング」と言う名前が浮上して来ます。
「コング」と言う言葉は、インドネシアから南の大海域に伝わっている言葉らしいのですが、その正しい意味は分かりません。
また、「マーテイン・ジョンソン」の作品の中に「コングリラ・シンバ」と言うのがありますので、ひょっとしたら、この「語呂引き」かもしれません。
当時はこう言う類の「探検映画」が流行っていたのですが、その中に「ゴリラ映画」と言う分野がありました。
「ゴリラ」とは「恐ろしい動物」と言う表現だったのでしょう。
- 「ゴリラ襲来」「ゴリラ大陸」等々。ゴリラの生態を描いた、今で言う「ドキュメント映画」でした。
そう言う訳で「ゴリラ」(の様な化け物)を主題にした「劇映画」を作る事になったのですが、ここまでは普通の人の考える事。
- 「クーパー」はここに「とんでもない人間」を引っ張って来たのです。
- それが「エドガー・ウオーレス」。
「エドガー・ウオーレス」はミステリー物を得意とする、当代一の売れっ子作家でした。
- 全盛時には「一週間に一冊本を出す」と言われた「恐ろしい作家」です。
「正義の四人」が有名で、これは後に「TV」化されました。
- 私はこの番組が好きで、毎週みていました。
この「エドガー・ウオーレス」を口説き落として「プロット」を書かせて企画に加わってもらいました。
1933年版の「クレジットタイトル」を見ると、「この作品のアイデアはメリアン・Cクーパーとエドガー・ウオーレスによる・・」と書いてあります。
日本の「ゴジラ」はこの手法を真似て「黒沼健」が一枚噛んでいるわけです。
「キング・コング」の話が面白いのはこの「エドガー・ウオーレス」の存在があるからなのですね。
「食い詰め者」の「カール・デナム」が地図に無い島へ着くと、そこは「獣神」(エドガー・ウオーレスの表現ではこうなる)「キング・コング」の支配する原始の魔境。
- そこには、数々の前世紀の怪物が闊歩していた。
- 「オブライエン」の「アイデア」も入っていますが、やはり、並みの作家では出来ない仕事ですね。
It was beauty killed the beast
この「名文句」はまさにその真骨頂です。
そして、「マックス・スタイナー」。
- もしも「キング・コング」に「マックス・スタイナー」が加わっていなかったのなら、後の世に「名作」と言われていたかは疑わしいものがあります。
「マックス・スタイナー」は「リオ・リタ」で有名になり「RKO」に1931年にやってきました。
- ここで「「デビッド・O・セルズニック」と出会いまして(当時のRKOの製作部長)、これが縁で「キング・コング」に参加する事になるのですが、「RKO」は「明日にも倒産」と言う状態でした。
- 新作「キング・コング」でも、映画会社の首脳とおぼしき面々が「このままでは、倒産するぞ・・」とわめきちらしているシーンは正に「RKO」の舞台裏そのままでした。
- その様な「懐具合」ですから、「音楽費をカットする・・」事を告げ、「出来合いの音入れ」を「マックス・スタイナー」につげました。
しかし、これを撤回させたのが「クーパー」です。
- 「クーパー」は会社に掛け合いまして「兎に角、音楽に金を廻せ!!」と要求して、100分の上映時間に対して75分の音楽部分、65万ドルの制作費に対して5万ドルを「マックス・スタイナー」の「音楽」につぎ込ませました。
この結果、「RKO」は「キング・コング」によって救われ、「倒産」の危機は回避されました。
しかし、この時「RKO」の首脳は本当に心配していました。
- 「オブライエン」の心血を注いだ「キング・コング」は場面により大きさが不ぞろいな上に、造型の不出来な部分が目立ち、それよりも何よりも「ストップモーション」がまだまだ「ギコチ無い」と言う感じをどうしても拭う事が出来ませんでした。
- 処が、現実にはこれが又何ともいえぬ迫力を生み出したのです。
- 「映画」は「博打」ですね。
- ●
さて、「音楽」の事ですが、これが「新作」の弱い部分なのです。
「ピーター・ジャクセン」が新作「キング・コング」製作を発表した時点で、「音楽」の担当は決まっていました。
- 「ロード・オブ・ザ・リング」の「ハワード・ショア」です。
- お互い、最大限に理解し合える「同志」であり、まさに「ツーカー」の関係であるから、これは崩しようがない。
事実「ロード・オブ・ザ・リング」成功の一翼を担っていたのは、間違いなく「ショア」の「音楽」であり、「キング・コング」の脚本執筆段階から「ショア」は企画に参加しており、相当の所まで曲の構想を練っていたのはまず間違いない。
- 私が途中で伝え聞いた処では、「原住民」の表現として、多種多様の民族楽器を大編成のオーケストラに混じらせて使用するらしい・・とのことであった。
結構「やる気満々」だったのである。
- しかし、私はこの時点である考えを持っていました。
- 「ショア」の「音楽」は基本的な所で、「キング・コング」の「本質」とは異なっている。
「ショア」の「音楽」は「高らかに凱歌を歌い上げる」と言う傾向が強い。
- もっとハッキリ言わせてもらうと「軽い」部分があり、この辺りをどうこなすかが「見もの」であった。
別に「マックス・スタイナー」の「音楽」を「真似しなさい」とは言わないし、又、その様な事はするべきでは無いが、あれほどの成功を収めた「マックス・スタイナー」の良い所を取り入れたとしても「バチ」は当たらない。
具体的に言うならば「音楽」のふくらみが「マックス・スタナー」の特徴である。
1933年版「キングコング」の主題のふくらみ部分を巧妙に取り入れたのが「伊福部大先生」の「キングギドラ」の「テーマ」であります。
- 「キングギドラ」の「テーマ」に見られる「空間の広がり感」こそが「マックス・スタイナー」の「音楽」の真骨頂なのです。
これが多分に「ショア」の「音楽」とは異なっている。
- 果たしてどうするのでありましょうや?
・・と思っていたら、「ショア」が突如降りてしまいました(これを、映画用語でリジエクトと言う)。
理由は「音楽の方向性の違い」等と言っているが「どこまで本当かね・・」と言う感じ。
- しかし、この言葉はある意味では分かるが、ある意味では分からない。
「わかる部分」は前述した様に「ショア」の「音楽」は「暗い中に明るい未来が感じられる」と言う傾向が強い。
- 「キング・コング」に関しては「重心の低い音楽」の方が成功する確率が高い。
「ショア」の「音楽」は高い所が強調される傾向があり、これが「大いなる凱歌」と言う部分になって来る。
- これが「適合しない」と考えたかもしれない部分。
「分からない部分」は「気心の知れた仲間ならば何故最後まで付きあわなかったのか・・」と言う点。
- 「死なばもろとも地獄の底まで」と言う位の時は以外に「良い結果」が出る事が多いのですよ。
この様なことは「映画界」では結構あるのです。
- 但し、今回のように「監督」と「作曲者」の意見が衝突して「作曲者」がリジェクトすると言うのはあまり聞きませんね。
- 多くは「製作」「監督」「脚本」の間で「リジェクト」は発生するのです。
さてさて、その「後釜」として迎えたのが「ジェームス・ニュートン・ハワード」(名前が長いので、JNHにさせて下さい)。
- これを聞いた時、非常に複雑な思いがいたしました。
「JNH」は中堅所の作曲家で、その音楽的特徴は「クセ」が無くて聞きやすい・・。
- ある意味では「ジェームス・ホーナー」もどきだが、彼ほどの才能は無い。近いところでは「バットマン・ビギンズ」を手掛けているが、これには「ハンス・ジマー」が絡んでいるから判断の対象にはならない。
「キング・コング」が必要としているのは、「ある種の強烈な音楽」明らかに少し違う。
そして、この「違い」は「ショア」と同じ部分を含包している。
つまり、「ショア」と「JNH」は音楽が似ており、その「方向性」も似ているのです。
何故、「ショア」が「リジェクト」したかと言う疑問に対しては「ピーター・ジャクセン」自身が固く口をつぐんでいるので、真相は「藪の中」であるが、「金銭面」とは考えにくい。
・で、考えられるのが、劇中に「2箇所3曲」登場した「マックス・スタイナー」の曲の扱いのことです。
一つは「キング・コング」の「メインテーマ」
- 後二曲は
aboriginal sacrifice dance・・theatre march
この3曲を「入れるか入れないか」で問題が起きたのかも知れない。
「JNH」の曲(スコア)を聴いても、取り立てて「素晴らしい」と思う様なものでもなく、ハッキリ言って「凡庸」であり、何が何でも「ショア」では「ダメ」で「JNH」が「最高の選択である・・」とはとてもとても思えない、少なくても私めはその様に感じた。
「JNH」のこの「スコア」ならば「ショア」を「リジェクト」する必要等まるで無い。
勿論、「マックス・スタイナー」の3曲は「ピーター・ジャクセン」が「1933年版」への「オマージュ」として又「伏線」として最初から、その使用を決めていたことが充分に考えられる(事実、私はこの曲をニヤニヤしながら聴いていた)。
又、「新曲」の出来が悪かったので、急遽「1933年版」の使用を決定したのかもしれないが、ハッキリ言って「藪の中」。
しかし、大事な事は「すこぶる付きの良いスコア」と言うことからは程遠い出来。
「キング・コング」の「メインタイトル」はそれなりに聞かせる。
- これは合格点。
- 処が分からないのは「コングの死」を書いた「スコア」。
- ここでは、意識的に「ボーイソプラノ」が使用されているが、これは間違いなく「ピーター・ジャクセン」の考えであり、「ショアの遺産」である。
- 「ロード・オブ・ザ・リング」でも「エンヤ」の歌が効果的に使われており、大成功を収めている。
- これを「2匹目のドジョウ」として狙ったのであろう。
- 狙いは悪くない。
「ボーイソプラノ」は「天使の声」を連想させるから「コング」への愛情を表現できている。
- ここまでは良いが、この次に「トンでもないスコア」が「パクリ」と言うか「参考曲」としてでてくる。
一聴してはわからないし、私だけの感覚かもしれないが、それは「伊福部大先生」の最高傑作「釈迦」であります。
作曲家の特性として、「イメージ創り」の為に色々な「スコア」をまずは聴く事から始める。
そして、自分の感性の方向を定めて「オリジナルのスコア」を書いていくのが極々普通のやり方。
特に、「映画」の場合は自分の持ち前の感性だけで仕事をすると「良い結果」が出ない事があるので、事前にある程度の「スコア」は参考として聞くことになる。
- 今回の場合は「釈迦」が入っていたのではないかと思う。
- イメージ的にも外国人の感覚ならば「釈迦の入滅」と「コングの死」はダブるのでなんの不思議もない。
- そして、それなりの効果を上げている。
チョイと聞くと「大感動風」に聞こえるのでそれでも良いかもしれないが、どうせ、参考にするのなら、同じ「マックス・スタイナー」の「摩天楼」がよいですよ。
それで、「サウンドトラック」を聞いてみると、「スコア」が弱いと言うことがすぐに分かる。
今回の「キング・コング」の「スコア」を口ずさんで見る事ができますか?
- 多分、多くの人が「一曲も思い浮かばない」とおっしゃると思います。これは「スコアが弱い」からなのです。
- これでは「ダメ」なのです。
- 一曲だけで良いから「印象に残るスコア」を書けないといけません。
これが抜群に上手いのが「バージル・ポリドーリス」だが、別に「ポリドーリス」を使え・・と言っているわけではない。
「ショア」でも「JNH」でも良いと思う。
- 只、「キング・コング」である以上は、もっともっと強い「スコア」が必要である。
- 強い「スコア」は意識の中に残る、心に残る。
さて、今回の「キング・コング」には二つの弱点がある。
1)スコアが弱い
2)「ピーター・ジャクセン」の変なリアリズム
2)は「キング・コング3」として徹底的に書かせていただきます
1)の「スコア」が弱いと言う事は、興行的に「大成功」を収められない可能性がある。
今から30年近く前の「ジョン・ギラーミン」版にもそれが言える。
この時は、「名人」「ジョン・バリー」だった。
- 「ジョン・バリー」である以上かなりの期待をもたせたのだが、しかし、出来上がった「スコア」は「ジョン・バリー」特有の「ダイナミックサウンド」とはおよそにかけ離れた「甘ったるいスコア」だった。
- それでも口ずさめる「スコア」は何曲かは有った。
- しかし、やはり「弱いスコア」である事は衆目の一致するところであった。
この時は、作品自体が所謂「駄作」だったので、興行的に「苦戦」を強いられたのであるが、しかし実はもう一つ大きな理由が有った。
それは、この時「興行的競合」をしていたのが「カサンドラクロス」だったのです。
「カサンドラクロス」の「スコア」は巨匠「ジェリー・ゴールドスミス」。
- これがまた「ものすごく良いスコア」だった。
「ジェリー・ゴールドスミス」は「巨匠」に相応しく「名曲」が多いのだが(私、個人的には「風とライオン」が贔屓)この「カサンドラクロス」はその中でも白眉の名曲。
いかに、「ジョン・バリー」と言えども分が悪すぎる。
- 結果は「ジョン・ギラーミン」版「キング・コング」は興行的に振るわなかった。
今回は、「競合映画」に「強力なスコア」を持つ作品が無いから、「ジョン・ギラーミン」版の時とは比較は出来ないかもしれないが、「良いスコア」が「良い映画」を決定付ける一つの要素であることは間違いない。
「歴史は繰り返す」の言葉はここにも生きている。
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- 次回「キング・コング3」に続く
- 「キング・コング3」へ
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2006年1月脱稿
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