今年(98年)、8月にNHKで『ゴジラ海を渡る〜世界制覇へのシナリオ〜』と言った番組を放映していた。
 その冒頭、「92年2月に〈東宝〉へFAXが入った」と言う下りがあり、そこから物語が始まった様なナレーションを聞き、「本当かね?」と、言いたくなってしまった。間違いとは言わないが、舌足らずなのである。
 では、真実とは何か?以下は、私が知る限りの驚愕の事実、正調『GODZILLA』への道である。


 ハリウッド版『GODZILLA』の企画が、いつ頃から出たのかは定かではない。いろいろな企画が持ち上がり、その全てが資金面や、「東宝」との版権問題で消えて行った。
 はっきりしているところでは、82年にルーカス率いる「I・L・M」であろう。「I・L・M」は、その2年後にも企画を上げたが、没してしまった。
 83年になると、フレッド・デッカー(ロボコップ3)が、なんと立体映画の企画をする。
 ゼメキスも、80年代後半に色気を見せるが、これも没。
 何の事はない。「ハリウッド第九世代」と言われる連中のほとんどが、『GODZILLA』の企画をしていたわけだ。
 そうこうしている内に、ハリウッドに激震が走った。「ソニー」の「コロムビア」買収である。
 そして、物語はここから急展開する。


 最大の巨弾が、いきなり炸裂した。
「ソニー」が、「コロムビアピクチャーズエンターテインメント」〈ソニーピクチャーズエンターテインメントの前身〉を、買収して半年ほどした頃の事。
「大賀典雄(現ソニー会長)」が、「東宝」本社を訪ね、「松岡功(現東宝会長)」との会談の末、『ゴジラ』の版権を手に入れたのである。この時の合意条件が、以後8年間も『ゴジラ』を封じ込めていた原因であったが、これは、「ソニー」の世界戦略と、「東宝」の考え方が一致した、経営上の合意であった。
 とまれ、正式契約ではないものの、俗に言う「手付金を入れた予約」の様な形で「ソニーピクチャーズエンターテインメント」による『GODZILLA』の映画化が決定した、と言っても過言ではない。


 さて、ここでどうしても、書いておかなくてはならないのは、「ソニー」の問題である。
「ソニー」は、もともと弱小電器店であったが、その卓越した経営戦略と技術力で、今日の地位を築いて行った。
 今より30年前に、現ソニー名誉会長・盛田昭夫の命を受け、「ソニーミュージックエンターテインメント(SME)」の前身である「CBSソニー」に、「ソニー本体」から専務として乗り込んだ大賀典雄は、とりわけクラシックに造詣が深く(指揮者が副業!!)、後に「CBSソニー」のミュージック部門を買収して「ソニーミュージックエンターテインメント」を作り上げ、その社長職から「ソニー本体」へ副社長として戻ってきた。
 社長時代に訪れた、バブルの絶頂期に「コロムビアピクチャーズエンターテインメント」を買収して「ソニーピクチャーズエンターテインメント」を創り、その後、会長職へと退いている。
 一方、「ソニーピクチャーズエンターテインメント」は、その100%子会社である「トライスターピクチャーズ」を創り、これに映画部門を任せる事にした。
 ここで問題となるのは、その「トライスターピクチャーズ」と言う製作会社である。
 実は、この会社は、映画製作の出来る本格的な巨大スタジオは持っていない。資金調達だけの会社である。
 往年の大メジャー、「MGM」、「WB」、「ユナイト」、「二十世紀FOX」と言った、映画を創り、配給して興行を打つ、と言う会社とは、かなり違う形を取っている。
 では、どうして「ソニー」は、「トライスターピクチャーズ」を創ったのか?
 理由はふたつ。
 ひとつは、映画部門だけを「ソニーミュージックエンターテインメント」から独立させる事。
 いまひとつは、バブル崩壊後「コロムビアピクチャーズエンターテインメント」の持ち株を、スタジオを含めて、手放さなければならなくなった事である。


 さて、話を元にもどそう。
 90年に、大賀・松岡の首脳会談で合意を得た『GODZILLA』は、先に述べた92年のFAXで、にわかに現実味を帯びてくるものの、種種の問題で、歯車が噛み合わなかった。
 そうこうしているうちに、大賀率いる「ソニー本体」と、「トライスターピクチャーズ」との間の連絡に、ミスが生じた。
「トライスターピクチャーズ」のプロデューサーである、ロブ・フリードと、ケリー・ウッズが、暴走してしまったのである。
「ソニー本体」から、「合意」の事を聞いていた二人は、勝手に「東宝」本社へFAXを、送り付けてしまう、という愚挙をやってしまったのである。
 そして、以前から『GODZILLA』の企画を温めていた二人は、同時に、アメリカ人特有の尊大な考え、「映画はアメリカの生んだ最高の娯楽」の持ち主だった。
 その二人が、裏の話も知らずに高圧的に「東宝」へFAXを、送り付けたものだからたまらない。
 その内容とは、
「〈ゴジラ〉に関する映像権の全てを〈トライスターピクチャーズ〉が買い取り、〈東宝〉が〈ゴジラ〉を創る事を禁ずる」と、言う誠にとんでもないものであった。
 激怒した「東宝」側が、「ソニーピクチャーズエンターテインメント」と、「ソニー本体」へ怒鳴り込み、これが「トライスターピクチャーズ」へと伝わって、あっという間に、前述の二人は降板の憂き目に遭遇。
 92年5月に、「トライスターピクチャーズ」よりの正式な謝罪があり、改めて交渉の場が持たれるものの、「東宝」側の怒りはまだ収まらず、今度は「東宝」側が、
(1)『GODZILLA』は、一作のみ。
(2)「トライスターピクチャーズ」の『GODZILLA』商品化権の制限等と、言い出してきた。
 もう、こうなると、「トライスターピクチャーズ」の下っ端では役に立たず、「トライスターピクチャーズ」の会長ピーター・グーバーと「東宝」の話し合いになってしまった。
 そして、やっとの事で、92年12月14日に、松岡自らの手で『GODZILLA』製作が発表された。この時の条件を少し列記してみよう。
(1)版権料は、100万ドル。
 (たぶん、キングコングが100万ドルの怪獣と言われている所から来たと思う。一種の語呂合わせですな)
(2)世界上映時に、その数パーセントの興業収 入を、「東宝」がもらう
(3)作品製作は三作までだが、東宝の『ゴジラ』は、自由に作れる。
(4)『GODZILLA』は、コメディーにしない、喋らせない。
(5)水爆実験の突然変異という事にする等々。
 しかし、その実、これはほんの飾りであり、実際には、これをはるかに上回る条件が、隠されていたのです。


 さて、これより少し前、全く別のところでゴソゴソと動いている者がいました。
 「ローランド・エメリッヒ」がその人。
 エメリッヒは、ハンク・サペルスタインとコネを付けようとしていたのです。
 サペルスタインの事務所に行ってみると、そこに居たのは、前述の早トチリプロデューサーである、ロブ・フリードとケリー・ウッズの極楽コンビでした。
 ここで、「トライスターピクチャーズ」に名前を覚えられたエメリッヒは、あの手この手でサペルスタインを動かそうとしたが、結局うまくは行かなかった。


 さて、ハンク・サペルスタインなる人物を、全然ご存じないと思いますが、彼は、アメリカの悪徳プロデューサーの一人で、「東宝」とベネデイクトプロと話を付けて、『フランケンシュタイン対ゴジラ』の改造版である、『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』の製作に携わった人物です。
 以後も、合作映画のたびに顔を出し、「東宝」とは関係の深い人物なのです。


 一方、「トライスターピクチャーズ」は、『アラジン』で当てたテリー・ロッシオと、テッド・エリオットのコンビに『GODZILLA』の脚本を依頼する事にした。
 そして、書き上がったのが、『ゴジラ対神話獣グリフォン』。
「地球生命を根絶やしにしようとする合成複合怪獣グリフォンと、地球生命の切り札ゴジラが、ニューヨークで激突する」という物語です。
 これを、まずキャメロン(『タイタニック』の監督)に持って行った。
「キャメロンはゴジラファンだから引き受ける」と、思っていたが、「プロデューサーならやる」とか何とか言って、逃げてしまった。
 ティム・バートン(『バットマン』などを監督)にも断られ、デイビット・フィンチャー(『エイリアン3』などを監督)にも会ってみたが、『エイリアン3』の失敗が、答えをNOと言わせてしまった。
 余談であるが、私は『エイリアン3』を、ものすごく高く評価している。



 さて、こうなると、企画はもはや迷走状態。
「ハリー・ハウゼン」が心の師匠と言う「ポール・バーホーベン(『ロボコップ』などを監督)」のところへも話は行く。バーホーベンは、迷ったがやはり、答えは「NO」。
 しかし、バーホーベンは弟子の「ヤン・デ・ボン(『スピード』などを監督)」を紹介した。
 そして、94年、「ヤン・デ・ボン」は、OKの返事を出し、ここに海外版『ゴジラ』である『GODZILLA』は、正式にその製作が発表された。
「ヤン・デ・ボン」は、最初は大乗り気で、極秘の内に撮影隊を、日本へ送り込んだりしていた。
 しかし、大問題が起きた。お決まりの製作費オーバーである。「トライスターピクチャーズ」の予定製作費1億ドルを、三割も越え、結果、「ヤン・デ・ボン」は、嫌気がさして、降りてしまった。



 さあ、いよいよ困った「トライスターピクチャーズ」であったが、ここで計った様に出て来たのが、「ローランド・エメリッヒ」。
 「トライスターピクチャーズ」は、エメリッヒに監督を依頼したが、これは、最悪の決断であった。
 なにせ、当のエメリッヒは、『GODZILLA』に興味は持っていたが、「ゴジラをゴジラと思わない」様な人だったのである。
 「まともなゴジラ」を、観たいのが人々の要望なのに、「最もまともでないゴジラ」を創るのに熱心な人物が監督になり、『ゴジラ』を大変身させて、『GODZILLA』にしてしまったのです。
 以後のなり行きは、皆様のご存じのことでありますが、まだ、疑問は残っています。



 それは、
(1)なぜ、『GODZILLA』は、あの様な姿をしているのか?
(2)永年にわたり、『GODZILLA』の製作に難色を示し続けた「東宝」が、あの程度の条件で、よくOKの返事を出したものだ…B
(1)は、単に「エメリッヒが変人だから」で、片付けられそうだが、実は、版権の問題がからんでいるらしい。
 エメリッヒは、あれほどまでに造形が異なれば 、『ゴジラ』と『GODZILLA』は別物と考えた方が正しく、「東宝」も海外における『GODZILLA』の商品化権の事については、文句を言って来ないだろうし、文句があったとしても軽微であろう、と勝手に考えていたからだ。
(2)は、これこそが秘中の秘。すべての謎の根源はここにある。




 90年の大賀・松岡の首脳会談で、なぜ『ゴジラ』の版権を手に入れる事が出来たか、については、大賀が「ソニー本体」の代表として、誠に恐ろしい条件を呈したのである。
 それは、94年の松岡の発表に加えるに次の事柄です。

「日本における劇場上映権、配給権、ビデオ権、TV放映権、その他諸々の〈トライスターピクチャーズ〉の持つ権利のすべてを、〈東宝〉側に渡す」
「全世界で発売される『GODZILLA』関連商品におけるキャラクター使用料は、全て〈東宝〉に入る」




 これは、大変な条件です。
 私も、永いこと映画に触れて来ましたが、このような条件呈示は聞いた事はなく、いまだかつて実行された事のない様な条件なのです。この大変な事の意味を理解してください。
 そして、これは「ソニー本体」の呈示した条件あり、役員の全てを現地人で固めた「トライスターピクチャーズ」首脳の意見ではありませんでした。
「トライスターピクチャーズ」、なかんずくアメリカ人では、到底考えられぬこの条件こそが『GODZILLA』に関する問題の根源だったのです。
 ついでに言うのなら、(1)はエメリッヒの完全なる「取らぬタヌキの皮算用」だったわけです。


 ともあれ、『GODZILLA』は上映されました。
 はっきり申しまして、東宝『ゴジラ』とは全く別物です。
 しかし、怪獣映画として観るのなら、なかなか面白い。まあまあの出来だと言って良いでしょう。
 だが、『GODZILLA』がウジャウジャのシーンに至っては、エメリッヒ以外には誰も考え付きません。この様な馬鹿馬鹿しいシーンを考えること自体が変人です。
 売り物のデジタル合成の特撮のシーンよりも、オーディオアニマトロニクスを使った、実写特撮の方が良く出来ていたのは皮肉でした。
 特撮に1億ドル、宣伝に5千万ドル使って失敗したのは、ひとえにエメリッヒによる新脚本の不出来と、監督業のダメさ加減でした。
 興業もさほどふるいませんでしたが、妙なことに、それでも「東宝」は、ニコニコのエビス顔と言う変な映画でした。



 しかし、何故、そこまで「ソニー本体」は「東宝」に譲歩したのでしょうか。旧財閥系の巨大資本と人脈、営業面での膨大なソフト類を持つ「東宝」に恩を売り、味方に付けて損はありません。それどころか、それが「ソニー本体」の真の考えであり、「NHK特集」の副題にある「世界制覇へのシナリオ」なのです。
「ソニー」の経営戦略は、もっとずっと未来を見ているのです。
『GODZILLA』は、そのための、ほんの踏み台に過ぎなかった、と言うことなのでしょうか。
                                 98年10月脱稿


 

(※本文中の敬称は略させていただきました)

著者紹介水野重康
49年、静岡県掛川市で100年以上続く医者の家に生まれる。
54年、『ゴジラ』を観て以後、映画にのめり込み、SFを中心として5000本近くの映画を観る事になる。
趣味を通じて、五味康祐氏、田山力哉氏、その他に師事する。
83年、生地に歯科医院を開業して現在に至る。

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