メリーラ

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第16章  ミューゲ叔母さま

 ある金曜日の夕方、カーネーションの香りをしみこませた桃色の封筒が、ネリル宛てに届いた。ネリルは夕飯の支度があるので大急ぎで手紙を読むと、歌いながらキッチンへ飛んでいった。
「ばあや、聞いてくださいな。明日から一週間、妹のミューゲがうちへ遊びに来るんですって。あの子は花が大好きだから、部屋中花で埋めつくしておきましょうか。まず、客間を快適に整えなくては。"海の部屋"と"森の部屋"と"薔薇の部屋"、どこへ泊まってもらいましょう?」
  ルサフォード邸にはテーマの異なる三つの客間があった。スウィーばあやは迷わなかった。
「花好きな人なら、"薔薇の部屋"以外にないだろうね。」
  "薔薇の部屋"は、文字通り何から何まで薔薇で統一してあった。敷物も、寝具もクッションも、壁紙もカーテンも、家具やランプ、小物にいたるまで、薔薇色か、薔薇模様なのだ。ただひとつ、この部屋で違う色を持つものは、モス・グリーンの花瓶ぐらいだった。スウィーばあやは、部屋を整えるのが得意なメリーラに、"薔薇の部屋"の準備を任せた。
メリーラはこの客間に足を踏み入れるのは久しぶりだった。内部を見渡し、この暑い夏には"海の部屋"のブルーや、"森の部屋"のグリーンの方が涼しげで、叔母さんも喜ぶのではなかろうか?と疑問を抱いた。しかし、ばあやの決めたことは滅多に変更されることはなかった。長い人生の経験に基づいて、生まれる言葉なのだから。子猫のプラムガールでさえ、ばあやの言いつけにはよく従った。メリーラは、"薔薇の部屋"が涼しげに見えるよう、知恵をめぐらせ始めた。まず、薔薇色一色の部屋に、白いものを置くことを考えた。さらに緑のものを増やせば、爽やかな印象になるのではないか。そこで、屋根裏へ行き、純白のクッションカバーを持ち出してきて、薔薇色のカバーと取り替えた。次に、モス・グリーンの花瓶にいっぱいのマーガレットを挿した。ばあやに教わったとおり、水中で茎を切り、より長持ちするように気をつけるのを忘れなかった。それから、薔薇色の掛け時計と、デスク周りの小物とカーテンを、みんな緑のものに換えた。この時点で、部屋は十分に清涼な雰囲気を漂わせるようになった。最後の仕上げに、メリーラは屋根裏で見つけた残り少ないルーム用フレグランス"ウッディ・グリーンの香り"を部屋中にシュッ、シュッと吹き散らした。さらに"秋の花かご"と呼ばれている暖色系のドライフラワーのかごを、飾り棚の中央にさり気なく入れておいた。こうして"薔薇の部屋"は、ピンク一色の甘ったるい感じから一変して、薔薇好きの王女が住む、香り豊かな森の王宮と化したのだった。部屋をのぞきにきたネリルもスウィーばあやも、目を見張るほどの変わりようだった。二人とも、本当に全部メリーラが一人でしたのかと驚きつつ、娘のセンスの良さを喜んでいた。
  翌日、ミセス・ミューゲは、ネリルの栗色の馬車での迎えを断って、自然と親しみたいから、と歩いてルサフォード邸へやってきた。メリーラはこの叔母に会うのは初めてだったが、一目見て好きにならずにはいられなかった。居間に通されたミセス・ミューゲは、メリーラの好きな"潤いのある"姿をしていた。後にルーフェに語ったところによると、
「天使のように優しげな微笑をたたえた叔母なの。」
  その通り、ミセス・ミューゲは実に優しさあふれる人物だった。花好きの叔母は、夏には珍しい薄雪草という白い花をブーケにして持ってきていた。それはネリルへの贈り物で、ネリルの手によってすぐに、乳白色の花瓶に活けられた。メリーラの言葉を借りると、ミューゲ・トリプシルとはこんな人物だった。
「背はそんなに高くなくてね、髪は絹のようなブロンドなの。目は、見たこともないくらいきれいなエメラルドグリーンで、しかも少し空色が入っていて、クリスタルみたいなの。とてもほっそりしていてね、モデルのような脚なのよ。年は32だけど、赤ちゃんみたいにふわふわの肌で、ジャスミンのようないい匂いがするの。白い手に、オパールの指輪をはめていたわ。真っ白な腕時計をつけていて、文字盤のところが真珠みたいに七色に光るの。レースやフリルの多いアイボリーのワンピースを着ていて、まるで淡雪の国の女王みたいだったわ。とにかく、どこから見てもミューゲ叔母さんって清らかなのよ。天使みたいに、善い行いしかしたことないんじゃないかしら。春のそよ風を想わせる、気持ちのいい人よ。好きな花は、スズランとかすみ草なんですって。叔母さんの名前の"ミューゲ"もスズランという意味なのよ。叔母さんにあだ名をつけるとしたら、"フローラル・プリンセス"かな。花冠とか、本当によく似合うと思うわ。まばゆい金髪なんですもの。」
  ミセス・ミューゲの正確な名前は、ミューゲ・トリプシルといった…これを知った時メリーラは、トリプシルという響きは天使にふさわしいと感じ、嬉しくなった。
  "薔薇の部屋"へ荷物を置きに行ったミューゲ叔母は、薔薇はもちろん、マーガレットの花瓶や"秋の花かご"に気がついて、感嘆の声を上げていた。ネリルもスウィーばあやも、内心メリーラに感謝した。自分たちでは、そんなに感動を与えるような部屋作りは出来なかっただろう。叔母は、部屋をきれいにしてくれたメリーラとお友達になりたいわ、と庭の散歩に連れ出した。叔母は、メリーラとそっくりでとてもおしゃべりだった。一旦話し始めた叔母は、火のついた油のように明るく、勢いが良かった。「ねえメリーラ、いきなりニックネームつけちゃっていい?ご存知の通り、私は大の花好きで、友人には必ず花の名前を工夫してつけるのよ。あなたはリラの花(ライラックのこと)からとって、リーラと命名するわ。どうかしら?」
  メリーラはうっとりして、気に入った旨を伝えた。
「花の名前のついた、私の友人たちの話をしましょうか。あわてんぼのマーガレット、泣き虫のミモザ、わがままなヴィオレット、朗らかなアイリス、楽天家のカトレア、忘れっぽいフリージア、病気がちなデイジー、愉快なリリー。リーラ、あなたはどの子に興味を持った?」
  メリーラは"朗らかなアイリス"と答えた。きれいなミューゲ叔母さんの言うことなら、一言だって聞き漏らしたりはしない。
「いいわ、じゃあその子の話をしてあげる。アイリスは、本名をエミリー・ベルというの。だから、私がつけた名前…自分ではフローラル・ネームと言ってるんだけど…の時は、アイリス・ベルとなるのよ。“エミリー・ベル”はありふれているけど、アイリス・ベルとなったとたん、不思議に美しい人魚の名前みたいになったでしょう?アイリスにまつわる、"悲しみのシンデレラ"の話をしてあげましょう。本物のシンデレラとはずいぶん中身が違うのよ。あのね…」
  アイリス・ベルの"悲しみのシンデレラ"とは、ユーモラスな長い長い話で、この先メリーラが悲しみに耐えられないような時に、きっとこの話を思い出して勇気付けられるだろうと想われた。叔母は次々に、"あわてんぼのマーガレット"や"泣き虫のミモザ"などのエピソードを話してくれた。一通り話し終わると、叔母は周りを見渡しながら言った。
「ところで、この庭は何と呼ばれているの?」
  メリーラは、これまで家の庭に名前をつけようと考えたことはなかった。が、それはとても素敵なアイデアのように思われ、胸がときめいた。
「特に何もないようね。この庭には、ふさわしい名前が必要よ。でも今の状態ではまだまだ花の数が少ないわ。二人で花の苗を手当たりしだいに植えて、この庭を花で埋めつくしましょうよ。花でいっぱいになったら、リーラがこの庭の名付け親になればいいわ。早速明日から、取りかかりましょうね。」
  その後に続く一週間は、メリーラと叔母の間で"園芸週間"と呼ばれた。1日目はコスモス、2日目はスミレ、3日目はパンジーとデイジー、4日目はカーネーション、5日目は百合とりんどう、6日目はラベンダーとカモミール、そして最後の7日目は最も時間を費やして、スズランと忘れな草、ヘリオトロープと水仙を植えた。花々は質の良い土にしっかりと根付き、日が経つにつれ生き生きとしてきた。ミューゲ叔母の手を借りなければ、ここまで完成度の高い庭を作ることは不可能だったろう。メリーラは生まれ変わった庭をほれぼれと眺めた。叔母が帰る日、メリーラは庭に出て、一番よく咲いているラベンダーでブーケを作り、叔母へプレゼントした。叔母はバラ色の頬をほころばせて喜び、鈴のような声で礼を述べた。
「リーラも、花が大好きになったでしょう?」
「ええ、叔母さんに負けないくらい好きになったわ。それぞれきれいなんだけど、いろんな種類の花が寄り集まるとさらに美しいわ。花のオーケストラみたいよ。」
「それを聞いて嬉しいわ。じゃあ、あなたの大好きな花の庭に、何かふさわしい名前をつけてあげて?」
  メリーラの胸の内に、この庭が完成したときにひらめいた名があった。
「"麗花の宮殿"にしようと思うんです。」
  おとぎの国の住人であるシンディが好きそうな、みやびやかな名前だった。ミューゲ叔母はその名を聞いて嬉しそうに微笑むと、来たときと同じく、ネリルの馬車を断り、のんびり自然と親しみながら、ルサフォード邸を後にした。

桃色の封筒
モス・グリーンの花瓶
白すみれ
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