鍛冶と黒煙の町。
北のフォグサカルデラにある町――メイテムがそう呼ばれるようになったのはいつからだったか。
少なくともそれを覚えているものは、もうこの世で生を謳歌していないだろう。

煙は絶えることなく天に向かい、深夜でもリズミカルな槌と金床の叫びが途切れる事も無い。
数々の鉱石や金属がこの町に集い、その殆どは武器へと生まれ変わる。
いかに効率よく命を奪えるか。今日もそれだけを突き詰めた数々の芸術品が産声を上げる。

5年前から始まったガヅールの内紛以来、メイテムの武器に対する需要は倍増し、右肩上がりに町は成長している。
この町は証明してみせた。人が人を憎み、殺し合うことこそが豊かさを生み出すと。

よほど景気がいいのだろう、どこもかしこも武器屋は小奇麗で、大通り沿いのショーウィンドウにはまるでポールアームが鑑賞物のように並べられていた。
整然と並んだ武器の下には【今年のニューモデル】の文字が躍る。それをガラス越しに見ながら若い傭兵らしき二人が身振りを加えて武勇伝に花を咲かせていた。

6時を回ると最新式の街頭ランプに自動で火が入り、町の闇を蝕む。
ホテルの食事や酒、客引きをする娼婦の質も、首都になんら見劣りはしない。

ここ数年、メイテムの夕暮れは毎日こんな調子だった。


そんなメイテムにあって、町の光を拒み喧騒を嫌うように、外れに店を構える一件の鍛冶屋があった。
店舗を兼ねた工房といったその鍛冶屋はかなり老朽化しており、誰が見ても大通りの武器屋とは比べ物にはならない貧相さである。
「工房カテドラル 戦士の魂鋳造します」すすけた看板にはそう刻んである。

その看板に、注がれる獣の視線があった。
黒い、黒い男。
かけた丸い遮光眼鏡も、頭に巻かれたターバンも、口元までも覆う防刃外套も全てが黒い。

「……」

男が無造作に鉄製の分厚い店の扉に手をかけ、開ける。店に入ると中では1人の男が作業をしていた。

「いらっしゃい」

鋼のような色の髪と髭の男が行っていたボウガンの調整作業を止め、腰から下げたタオルで手を拭きながらこちらへ歩いてくる。

「引き取りってわけじゃなさそうだが…何かお探しかい?」

そう言いながら店の中央にある円卓に収められたの椅子を引き、黒い男に着座を促す。
テーブルは小さく、対面で男二人が話せばそれでいっぱいだ。

「あんたがヨルグムか?」
「…? ああ、そうだが…」

そう言うと男は外套の中に手を突っ込み、一枚の手紙を取り出してヨルグムへと差し出す。

「こいつの紹介で来た。」
ヨルグムが荒れに荒れた手で便箋を受け取る。破って手紙を読むと男の表情が少し緩んだ。

「ふ… タテワキの奴、まだ生きてたのか」
手紙を読んでいく目には、懐かしさを含む光がある。
「あいつは、元気でやってんのかい?」
「…こないだまで矢傷で破傷風になってくたばりかけてやがったが、俺が最後に会った日にはもう女を買ってやがった」
「くく、変わらんな。あいつも。」
屈託の無い笑みを浮かべ、ヨルグムが椅子に腰をかける。大柄な男の体重に椅子が少し軋んだ。
「で、わざわざメイテムくんだりまで来て、何をお探しだい。あいつの知り合いなら…包丁探しに来たわけじゃあるまい。」

「…剣が欲しい。なるだけ、でかい奴だ。」
遅れて椅子に腰かけ、黒い男はそう言う。ぶっきらぼうだが、噛み締めるような声で。
「でかいの、ね…。ずいぶん漠然としてるな。…ならあれなんかどうだ。」

短剣からポールアームまで大小様々な武器が種類別に分けられている店内を見渡し
ヨルグムが、壁にかけたれたトゥーハンドソードを顎で示す。

「パラドウェアルの67年モデルを俺がカスタムした奴だ。」
テーブルの下に乱雑に積まれている冊子の中からひとつを抜き取り、パラパラとめくってゆく。
「元はこれなんだが…刃渡りを伸ばして、厚みも3割増してる。重心の位置も通常より上に取ってるから、上手く扱えれば威力は折り紙付きだよ。」

少し考えて、黒い男が口を開く。
「…小せえな」
「長さ321バーレ、重さは56サプール。…あんたの体格で使うにはあれだってかなり大きい。いくら力自慢だろうが…扱えなきゃ意味はねえぜ。」

戦いは、力ではない。

思考の機敏さとそれに追従する身体能力。力はあくまでもその一つに過ぎない。
敵と対峙する。動きを読み、考え、対応する。それが戦闘である。
極端な話、戦闘に勝つには誰にも負けない敏捷性とそれを活かす思考力さえあればいい。

敵が動くより先に動き、鎧の隙間に刃を差し込めばそれで終わり。事足りる。そこに力は殆ど必要ではない。
ヨルグムはそんな大きい得物で敵の動きに応じられるのか、それを疑問に思っていた。
今目の前にいる男がいくら堅気に見えなくても問わずにはいられない事だった。

「丈夫な奴がいいんだ。こうなっちまわねえようにな。」
そう言いながら、背中に斜に背負った鞘から男は剣だったものを抜いた。
「こいつは…」
中から少し上の部分から、ぐにゃりと金属がねじ切られたように折れている。
武装具用の特殊専用合金製の長剣がここまでになるには相当な力が加わったのだろう。
少なくとも、ヨルグムはこんな折れ方をした剣を見たのは初めてだった。

「一体どうやったらこんなに…」
「刃を掴まれて、捏ねられた。」

事実を淡々と継げるターバンの男は、真顔でそう言った。
「これをやったふざけた奴と、もう一回やりあう事になる。」

「……」

ヨルグムは口を噤んだ。

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「俺の事は、いいんだよ。」
少しの沈黙の後、黒い男ははっきりとそう言った。思案に埋没していたヨルグムがその声に反応する。
「あんたが最高のもん拵えてくれりゃ、俺は使いこなす。出来た後は俺の仕事だ。あんたは全力で造ってくれりゃそれでいい。」
自信たっぷりに、男はそう続けた。

顔を上げた遮光眼鏡のスモークに遮られて確認できない、が、レンズの奥の瞳が輝いたような気がした。
「ふー… そこまで言われちゃ適わん」
観念したようにヨルグムが息を吐いた。

「てことは、どうにかできる当てがあんのか。」
横座りしていた黒い男が、真っ直ぐ座りなおす。
「…あるにはある。だがしかしな…あれは…」
「勿体ぶるんじゃねえよ」
言い出すのを躊躇っているヨルグムに黒い男が先を促す。
若干イライラとしている様子は見れるが、それ以上にその「勿体ぶる理由」への興味があった。

「クルツァ人って、知ってるか。」
「聞いた事もねえな。」
興味なさげにあしらう男を意に介さず、ヨルグムは続ける。
「レンムル諸島の遊牧民だ。今はもう形としては存在しない民族だ。こいつらがベイレリアンよりもさらに一回り大柄な民族でな。」
「…ベイレリアンよりも…?そいつら人間かよ」
大陸連合の四大民族の一つ、ベイレリア人は屈強で大きな肉体で知られている。
男子の平均身長は400バーレに達し、自他共に認める大陸最強の民族である。
それを超えるとなると、既に人としては規格外。男の疑問も無理はなかった。

ヨルグムは胸ポケットから草臥れたシガレットケースを取り出し、傾ける。中から煙草が一本飛び出した。
「そいつらがどうかしたのか」
「…そのクルツァ人が家畜の屠殺に使ってた剣がある。その屠殺に使われる剣――屠獣刀。」
それを咥え、慣れた手つきでテーブルのマッチで火をつけた。焼けたメルメック葉の匂いが立ち込める。
「クルツァ人の中でも限られた人間のみしか使えん剣だ。それぐらい重く、大きすぎる。だがその重量故に首を落とされたものは一瞬で逝く。
 遊牧民にとっちゃ家畜は家族であり生きていくための恵み…。それを殺すんだからなるだけ痛みを味合わせないようにと、屠殺専用に作られたもんだ。
 だがもう今は何処探しても使われちゃいない。わざわざ血の海を作らなくても薬で楽に安楽死させられるしな。」

ふうと紫煙を燻らし、ヨルグムが窓に目を向けた。辺りはもう薄暗い。もうすぐ街頭に火が入る時間だ。

「おそらく、この屠獣刀があんたの求めてる剣に一番近い。」
「…俺が欲しいのは、動いてねえ奴の首を落とすおもちゃじゃねえんだが。」
「わかってるさ、まあ聞けよ。」

一呼吸置いて、指にはさんだ煙草から、灰皿に灰を落とす。視線が上がった武器屋の店主は、職人の顔へと変貌していた。

「俺がその屠獣刀を、戦闘用に造る。」

自信と矜持が溢れ出さんばかりの眼光と、言葉。
それをまともに受けた黒い男は、ぞくりと鳥肌が立つのを感じると同時に、この男に引き合わせてくれた悪友に心から感謝した。

この男なら。
この男なら作りあげるであろうと。
理屈ではなく、感じたのだ。
それは戦場で腕利きと対峙した時のような高揚感。

「…へっ、そんな眼されちゃ文句言えねえな。」

黒い男は一人でそう呟くと、徐に立ち上がった。
無造作に工作場のほうへと歩いて行く。

「? どうした」
ヨルグムが男の背に問う。
「…これ、いいか?」
工作台の上の鉄塊を男が持ち上げた。
レンガよりも一回り大きいだろうか。研磨された様子も無い不細工な塊だった。

「ああ、それか。それは今から溶かして…」
「じゃあいいな」
言い終わるのを待たず、男は奥歯をかみ締め力を込めた。

「ッ…」

鉄の塊が形を少しづつ歪まされていく。数秒後には浅黒い指が鉄に“めり込んで”いた。

「なぁっ……!」
ヨルグムは絶句した。

アルミ等柔らかい金属でもなく、あの塊は確かに鉄だった。
今工作台の前に立ち、うつむき加減で手元を見ている男はそれを素手で、握力だけでくっきりと指紋までつきそうなほどの握り痕を付けてみせたのだ。
手品としか思えないほどの膂力であった。

職人の勘が、この男にはあらゆる剣が軽すぎるだろうと、そう直感する。
そしてそれをを解らせるためのデモンストレーションだったのだと。

「この程度なら造作もねえ」
何事も無かったように言いながら、男が塊を工作台に戻す。
今度はヨルグムの肌が立ち上がる番だった。

「聞くのが遅れたな…。 あんた、名は?」

口の端吊り上げた笑みを浮かべながらヨルグムは目の前の鬼に、名を尋ねた。

「…リカルド。リカルド・エディバルドだ。」

黒い鬼が、ヨルグムの背の窓から外を確認し、遮光眼鏡を外す。
「知ってる奴は、リコって呼ぶ。」

その瞳は、獣のそれだった。

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バーレ…長さの単位。1バーレ=約5mm
サプール…重さの単位。1サプール=約0.8kg

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