でっかいウンコが出たので記念にと思い、写真を撮った。
すると何か顔のようなものが写り込んでいるので驚いた。
まず、こんな顔のようなものが写り込んでいるって事がすでに不気味だし、しかも、この顔、どこかで見た顔なのだ。
どこで見た顔なのだろう?知り合いではない気がする。 しかし、絶対に知ってる顔である事は間違いないのだ。

何か言い様の無い不安に包まれた俺は知り合いの霊能者にこの写真を見せてみた。 するとその霊能者ははっきりとこう言い放った。

「これは強い嫉妬心を持った生霊です。」

それを聞いて俺はハッとした。
そう、この顔の女性、俺が八百屋にで働いていた頃に、いつも同じ車両にいた女性だったのだ・・・。

SHIT!


以下、人糞文字にて

黒猫の怨霊、爆死必至

昨日は昼間っから外でカラスがギャアギャアとうるさいから、一体なんなんだろう?と思って窓ガラス越しに見てみたんだ。

そしたら隣のアパートの屋根の上にある給水塔に8羽ぐらいのカラスが集まっているんだ。
なにこれ?気持ち悪いなと思って見ていると、なにやら揉めているらしく、激しく突っつきあったりしている。どうやら何かを取り合いしているみたいだ。

そしてギャア!ギャア!って一斉にカラスが騒ぎだしたかと思うと、ポロッって。

猫の首が…。

そのままコロコロ落ちて地面にぺちゃって。
猫の生首が地面にうつむいているんだ。
これも激しい生存競争なのだから仕方がないのだが、実際に目の当たりにすると気分が悪い。と、同時に珍しい物を見たなあと満足しているのも確かなのだが。

うわぁ…昼間っから変なもん見ちまったなあと思って部屋に戻った。

こういう事があると、ちょっとした物音にも敏感になってしまい、凄く厄介だ。人間は経験から物事を判断するはずなのに、見た事もない幽霊に対して恐怖の念を抱いてしまうのは何故なのだろう?とても不思議だ。
人は皆、潜在的には恐怖を欲しているのかもしれない。適度に恐怖を感じていないと、感覚が鈍ってしまうからだ。
そんな憶測とは裏腹に、本当に幽霊が存在するのではないか、とも考えているのだが。
例えば金縛りやなんかを、科学的に解明しようと思えば出来るわけだが、それはただ単に体の内側で起きているメカニズムの解明に過ぎないわけで、それを引き起こしているのが幽霊でないとは、誰も否定できないわけだ。


パソコンをいじって求人募集を見ていたら良い条件の仕事の募集があったのでさっそく電話してみたのだが
「申し訳ありません、もう応募は打ち切ってしまったのですよ。お電話してくださったのに、大変申し訳ないのですが。ええ。本当に。申し訳ありませんでした〜」って。
俺はショックで寝込んでしまった。まあそんなにショックな事でもないんだけどね。なんでか知らないけど疲れちゃったんだ。はぁ。
夜の10時ぐらいに起きてダウンタウンDXを見たが、見終わるとまたすぐに寝てしまった。
起きたら朝の10時半。こんなに連続して長時間寝たのは久しぶりだ。

沢山寝て体調はすこぶる良いのに、何もする事がないのが無償に腹が立つ。
この怒りをどこに向けたら良いのだろう?
××学会に入って本部に爆弾を持ち込み、××さとみと××彩を救出したのち、全員爆死。

そんな、70年代のアメリカン・ニューシネマみたいな生き様が俺には似合うのさ。




孤独な関係

俺は「辛いなら自殺してしまおう」とか「死にたい奴は勝手に死ねばいい」とかいう考え方が嫌いだ。
なぜなら自殺も、人殺しも、悲しむのは死んだ本人ではなく、残された遺族の方だからだ。
家族や友人が死んだとき、自分がどんな気持ちになるのかを想像したら、そんな自分勝手な考え方は出来ないはず。

しかし実際に自殺してしまう人間にはそんな理屈など通じないのだろう。
よく病気や事故で死んでしまった人を引き合いに出して「生きたくても生きられない人がいるのだから頑張って生きなくちゃいけない」と言って、自殺を否定する事があるけど、俺は自殺してしまう人もまた「生きたくても生きられない人」の様な気がしてならない。
生物ですから生存本能はあるわけだ。死にたいと思っている人間だって本当は生きたいはず。でも辛い気持ちを抱えたままではどうやって生きていけば良いのかわからなくなり、お先真っ暗になってしまうんだ。

だからやはり、自殺を考えていそうな人がいたら、周囲の人は知らん顔せずにその人の悩みを聞いてあげなければならない。
1人で悩みを抱え込んでしまい、孤独になってしまうと人は何をしでかすかわからない。
失踪・自殺・通り魔殺人など…これらに踏み込んでしまう人は皆孤独なのだから。

そんな事をひとりで考えている俺の部屋に男の声がこだまする。

「因果関係のない世界なんて存在しねえんだよ!」

無差別に連続して女性を襲った婦女暴行殺人鬼・川俣軍司の一連の事件を調べた刑事が、川俣の過去を調べたところ、実は川俣の祖父は刺し殺されていた事が判明した。
そして、川俣の祖父を刺殺した犯人を調べてみると、なんと川俣が殺した女性のうちのひとりの祖父だったのだ!
勿論、そんな事知らずに川俣は狂気の犯行に及んだのだが。

何の関係もなく殺されたはずの女性が、実は過去の因果によって殺される運命にあったのである。

今年中に僕の就職が決まらなかった場合、またしても日本のどこかで大量無差別殺戮事件が起こるかもしれない。
その犯人と殺された人間の間に、どんな因果があるのか、もしくはどんな因果を生み出すのか。それは誰にもわからない。

日本という小さな国の中でさえ、沖縄と北海道では気候に大きな差があるのだから、もし地球が、あともう少し太陽に近くても、もしくはもう少し太陽から離れていたとしても、生物が誕生する事などなかったのだ。



私の志集/新宿にて

買おう買おうと思ってて、いつも買い忘れてしまう青い電球。
青い光が人を穏やかにすると聞いたので、部屋のクリップライトの電球を青に付け替えて、寝る前に本を読む時などに部屋を青くしたいと考えているのに。
実際、どこかの地域では街頭を青くしたところ、犯罪率が低下したのだ。
元々穏やかな俺が、もっと穏やかになったら、一体どんな形容動詞で例えたら良いのだろうか?「超穏やか」などという味気ない言葉で逃げるのはまっぴらごめんだ。

新宿行くと必ず見かける人がいる。
胸に「私の志集」と書かれたボードをぶら下げているいかにも文学少女といった趣のある小柄な女性。
歳は俺とそんなに変わらないように見える。
なぜ彼女はあんなにもストイックでいられるのか、とても気になる存在である。


日本橋に用があったので行ってきて、帰りに新宿へ寄った。
別に欲しい物があるわけでもないし、お金も極力使うべきではないのだが、毎日毎日調布という畑と田んぼだらけの場所に住んでいると、都会の喧噪が恋しくなるのだ。

紀伊国屋書店を抜けた所にあるDVD屋では、マイケル・ジャクソンが死んだ直後からずっと映像が流れている。
店の奥に、まるで祭壇のようにだ。
でっかいスクリーンでマイケルのビデオを流し、そのスクリーンの前にDVDなどのグッズが積まれている。
今日はなぜか、ずーっと、「ビリー・ジーン」という曲でマイケルがムーンウォークを初披露した時の映像だけがエンドレスで流れていた。
一体なぜあんなに何度も何度も同じ映像だけを流していたのだろう。
そうか!今日がきっとあの映像が撮られた日なのだろう!
間違いない。
そう思ったが、実際には1983の年3月25日だった。
つまり、ただ単にあの店の店長かなんかがビリー・ジーン大好きってだけなのだろう。それか店員がボケててずっと同じクリップだけが繰り返されている事に気付かないのかもしれない。
ポォゥッー!



松本清張原作のサスペンスドラマのDVDが何本か出ていたので欲しくなったが買えなかった。最近また松本清張を読み直している。
「淳二稲川のねむれない怪談」とかいうDVDも売ってて思わず笑ってしまった。くだらねえ。「人志松本のすべらない話」をパロディにしているのだ。
パロディってのは、元来笑わせるジャンルでやるものなのに、それがここでは逆転しまっている、というのが面白い。
「すべらない話」と同じようにサイコロを振って出た名前の人が怪談を語る。そして「ねむれんなぁ〜」と、これまた「すべらない話」を真似している。ちゃんと後ろに稲川淳二の肖像画もあってね。稲川さんのこういう、ちょっとふざけてるとこが好きだなあ。

新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書、という本が欲しかったのだがどこにも置いていない。別に急いで読む必要もないのだが。こう見えても結構本は好きで沢山買ってあるので、今買ったって後回しになるだけだ。俺は一つの本を読み終わらなければ次の本へと移行出来ない。何故かと言うと、非常に頭が悪いからだ。一度に二つ以上の事をやろうとすると頭が混乱してしまう。

一時間ぐらいDVD屋にいたが、買わないと決めているのでその場にいる意味がないと判断し、退散した。映画を何よりも愛しているのだが、それよりも今は金が大事。いや、金の使い方に慎重になっているのだ、珍しく。別に俺は銭ゲバではないので、金金金、ではない。そういう一面もあるが。
新宿では小田急デパートで、自己PR欄の大きい履歴書だけ買った。


紀伊国屋書店を抜けて新宿駅西口方面に向かって歩いて行くと、例の女性がいる。首から「私の志集」と下げている華奢な女性。
いつも同じ柱の前に立っている。まるでその柱にくくり付けられているかのようにビクともしない。

あんなに好奇の視線を浴びながら立ち続ける精神力はどこから湧くのだろう。ただ立ってるだけなのに何故か圧倒されてしまう。そう、圧倒されてしまうのだ。本人に自覚があるのかどうかはわからないが、小柄なのに凄い存在感。視界に入った途端になぜか目を背けたくなる。
あの人から志集(詩集)を買うには相当の勇気がいる。一部三〇〇円と安いものなのだが。

気になるのでその場から少し離れた場所に移り、携帯で調べてみたところ、名前は日疋冬子というらしい。
ひびき・ふゆこ。
年齢は40代後半。82歳ぐらいの旦那さんがいる。
旦那さんは50年ぐらい前から街頭詩人であったが、今は冬子さんがその意志を受け継いで、20年ぐらい前からこうやって立ってる。志集は二人の共作。

俺は愕然とした。自分と同い年ぐらいだと思っていたら、そんなに年上だったとは。熟女だ!どう見ても30歳前後にしか見えないのだが。
俄然、興味が湧く。お友達になって一緒に東京ディズニーランドに行きたい。



東京ディズニーランドへ行くと、俺はまず最初は必ずスターツアーズに乗る。スターツアーズが最初だとスターウォーズのテーマ曲を聴く事によって気分が盛り上がるからだ。
必ず乗りたいアトラクションはジャングルクルーズとカリブの海賊とホーンテッドマンションだ。
ホーンテッドマンションの、あのソファーみたいな乗り物はオムニムーバーという。伸びる部屋を出てオムニムーバーに乗り込むとこが歩く歩道みたいになってて、いつも乗り損ないそうになって冷や汗をかく。

カリブの海賊などの船に乗るアトラクションで匂う、塩素の匂いも好きだ。あの匂いを嗅ぐとディズニーランドに来たんだなと思う。
また、普段でもあの匂いを嗅ぐとカリブ海に来ているような気分になれる。
しかし、実際にカリブ海諸国のハイチやジャマイカに行っても、あのような匂いは嗅げないのだろう。だからもしあの辺りに旅行で行くとしたらペットボトルに塩素入りの水を持参しなければ、本当の意味でのカリブ海は満喫する事が出来ない。

そういえばスペースマウンテンはリニューアルしてからまだ一度も乗ってないので乗ってみたい。あの虹色のライトアップはどうも気に入らないのだが。だって、あれは日本の富士山をイメージしているんだから。

ウォルト・ディズニーは最初、富士山をモチーフにしたアトラクションを考えていたのだ。残念ながらその企画は頓挫してしまったのだが。
俺は実物の富士山をそのままアトラクションにしたら楽しいと思っている。めちゃくちゃ長いジェットコースター。1時間ぐらいかけて、猛スピードで急旋回・急降下を繰り返す最高に爽快なアトラクションだ。眺めだって最高だし、これはきっと流行るに違いない。間違いなく許可は下りないが。
だが俺に莫大な富があったら、地方の山を買ってそこに巨大なジェットコースターやお化け屋敷を作って毎日童心に帰って遊びたい。もちろん、ジェットコースターといってもよくある骨組みだけの簡素なものではなく、ディズニーランドのように、空想科学や魔法の世界に入り込めるような夢のあるものにするんだ。

アメリカ開拓時代の気分に浸れるビッグサンダーマウンテンやウエスタンリバー鉄道も大好き。白雪姫やピーターパンもちょっと怖いとこがいい。
少し疲れたらカントリーベアーシアターなどのショウ形式のアトラクションで足を休める。
で、締めはいつもイッツアスモールワールドと決まっているんだ。
世界中の子供達の笑顔で見送られたい。
東京ディズニーランドに行くと、いつも子供の頃に戻った気分になれる。
少しずつ変わってはいるんだけど、80年代の雰囲気は保ったままだ。
それに、俺は家族全員がディズニーランド大好きな中で育ったので、思い出も沢山詰まっているのだ。マイケル・ジャクソンのキャプテンEOやシンデレラ城ミステリーツアー、アメリカンジャーニーなどがなくなったのは寂しい。
ミート・ザ・ワールドっていう、日本の外交の歴史を紹介するやつも好きだった。アニメーションと、ロボット劇が融合してる映画なんて、他に見た事が無い。


で、冬子さんの志集を、勇気を出して買ってみようと思ったのだが、俺は詩の心を全く持ち合わせていないので、興味本位で近づくのも失礼な気がして今日は買わなかった。

SEPTEMBER 2009

プロフィール


名前:斎藤潤一郎
性別:♂
血液型:B型
身長/体重:163p/58s
生年月日:1980年1月15日
趣味:喫茶店、散歩、買い物

用件はこちらまで:hotmail

を読む



いつか僕が死んだら棺桶に東京ディズニーランドのチケットを入れて欲しい。
天国行く前に寄って行くから。


児童ポルノきらい

僕はロリコンじゃないしあんまり女子高生とかにも興味が無く、どっちかって言うと成熟した人や変な人が好きだから・・・というのが理由の全てではないが、とにかくアグネスちゃんによる児童ポルノ撲滅運動には賛成だ。

しかしロリコンの人たちを責める気はまったくない。 僕はたまたま幼い子供を性欲の対象としていないだけであって、彼らの性癖を責める資格など微塵もないからだ。

それよりも僕が嫌いなのはロリコン向けの雑誌やサイトなどに我が子を出させる親の方だ!
彼らは児童の画像をおかずにして性欲を発散させているロリコンたちなんかよりもよっぽど狂っている最低の野蛮人だ!! 僕は彼らが本当に嫌いだ!大嫌いだ!!あんな奴らがどうして生まれてくるんだ!!酷い世の中だ!神も糞もあったもんじゃない!!

まだ幼くて何もわからない愛すべき我が子を金の為に裸にして公開する。 酷い場合は性行為までする。幼い子供に猥褻な事を沢山させてそのあどけない顔に汚い精液を浴びせ、興奮してみんなに見せびらかす。 父親同士が自分の娘の裸の画像を交換するなんていう事件もあった。 こんな野蛮な事が許されていいのだろうか?
いやありえない!あっちゃいけないんだこんな事!! しかし実際まさに今、この瞬間にも世界のどこかで子供たちが自分勝手な大人の快楽の餌食となっているのだ!

貧乏だから仕方なくやってるとか言う人もいるかもしれないがそういう問題じゃない。世の中にはやって良い事と悪い事がある。 何の罪も無い子供達を大人が自分の私利私欲の為に利用して傷つけるなんて事は、どんな理由があっても絶対にやっちゃいけない!!

運が良いとか悪いとか、人は時々口にするけど、そういう事って確かにあると、子供たちを見ていてそう思う。(実際に肉眼で見ているわけではないが) 本来なら子供を守るべくして存在するはずの親が子供を金儲けの為の道具、あるいは性欲処理のおかずとしてしか扱わないなんて、考えただけでもゾッとする話だし、許せない話だ。

子供ってのは大人が思っている以上に傷つきやすいのだ。自分の子供時代をよく思い出して欲しい。大人になった今ではなんともないような事でもビクビクしていたはずだ。僕は泣き虫だったからよく覚えている。今でも精神的にはほとんど変わってないので子供の気持ちは人一倍わかる。

とにかく、子供にとって大人に逆らう事はほとんど不可能に近い事だ。 なんだかよくわからないけど裸にされてカメラに撮られて、本当は「なんか変だな〜、不安だな〜、気持ち悪いよ〜、怖いよ〜」なんて思っているけど、反対したら何されるかわからない。
だってそういう事をさせる親は普通の人間じゃないんだから。 逆らったらドえらい目に遭わされる事は目に見えているのだ!!

生まれてきたのが運の尽き。 彼らは一生心に闇を抱えたまま生きてゆく運命なのである。

ロリコンの人たちにとってみりゃあ、そりゃあ自分の性癖だからアグネスの意見に反対するのは仕方の無い事かもしれない。 しかしその自分の快楽の影では常に残酷な儀式が行われているという事を肝に命じておかなければならないのだ・・・。 そういう事を頭の片隅ででも良いから意識していれば、自然と子供を自慰のネタにするなどという馬鹿げた行為にも嫌気がさしてくるだろう。

児童ポルノをなくしたら犯罪が増えるとか言う人もいるけど、児童ポルノ自体が犯罪となんら変わらない残虐な行為による産物なんだよ!! だからあんなものは産み出される前に絶対に阻止しなければならないんだ!

みんなから白い目で見られたって構わない!
僕は断固として児童ポルノ反対だ!!

2009 summer


昨今のパイナップル事情

昨今の「酢豚にパイナップルありえない!」って風潮どうなのさ! そのせいで最近はどの中華料理屋に行っても酢豚にパイナップルが入ってなくて残念。 だからあっしはタッパーで“マイパイン”を持参して、注文した酢豚にこっそり入れて食べてますうそです。

こないだ友人とカレーがおいしい喫茶に入ったんだぜ?そしたらそこはルー大柴とライス国務長官を別にしてあるんだな。 ルー大柴をあの例のアラジンの魔法のランプみたいな器にいれてある。 で、俺はルー大柴を器から少しずつライス国務長官にかけてちびちびと食ってたんだけど、そいつぁ店員が持ってくるやいなや、いきなり全部かけてしまった。

俺は唖然とし、目がまんまるになった。まるでフクロウが獲物を威嚇する時の様な恐ろしい形相だ。 せっかく分けて出された物をいきなり全部混ぜちゃうなんていう愚行を目撃したら、誰だってそうなるさ。

そのカレーのライス国務長官の上にレーズンが乗っかってた。 (レーズン大統領・・・いや違う。レーガン・・・。)
しかも、ちょっと色がまばらで、上等そうなレーズン。 俺はカレーやドライカレーにレーズンが乗っかってるのが大好きだ。 しかしこれも嫌いな人が多い。

その友人に「カレーにレーズン乗ってるのって好きか?」と恐る恐る聞いてみると、なんとそいつも好きだというのだ。
おお!なんという奇遇!
だから調子に乗って

「じゃ、じゃあさあ!酢豚にパイナップル入ってるのも好きだよね!!!!」

と、大粒の唾を相手の顔にびしゃびしゃ飛ばしながらはしゃいで聞いてみると
「いやそれは好きじゃない」
と言われ、しゅん・・・とした。

落ち込んだ俺の今にも泣き出しそうな顔を見てか「嫌いじゃないけど、好んでは食べないんだよね〜…」、とフォローを入れる優しいやつ。 俺はトイレに行って号泣した。

まったく、なんでみんな酢豚にパイナップル嫌いなんだろう。 じゃあおまえ!酢豚に、インフルエンザ 入ってるのと、パイナップル が 入ってるのと、どっちが いいんだよ!!ちきしょう!!

MAY/2009


2008年10月9日(木)

「ルール」とか「伝統」とか、そういうものは破壊される為だけに存在するのかもしれない。 しかし一方では受け継いでいく人が居なくてはいけないわけで、なんでかっていうと、それは次の行で説明する。
なんでかってえと、それはだな、まあ、その、完全に絶滅してしまったら破壊のしようがないわけで そのためには伝統を守ろうとする人もいてくれなくちゃあたしゃあ困っちゃうよ!ってなもんですよ、えぇ。
んで、伝統にはならずに消えてった文化もあるじゃないですか。 まあほとんどがそうなんだけど。
例えば何?って言われると困るんだけど・・・。
いやほんと、俺、例を出すのがほんとダメで、会話とかしてても相手に「なるほど」って思わすのができなくて いつも人を退屈にさせてしまう。すべらない話とか俺できないっすよ。 本当なんだ。ボキャブラリーが少なすぎてすべる事すらできないし。 とにかく話術なんて俺にはない。俺にあるのは悪ふざけだけだ。
レジ打ってて葱持ってきたお客さんに「葱は切りますか?」って聞いたあとに 「手首は切りますか?」って聞いたりとか
「袋はいりません」って言うお客さんのバッグを「あ、そうですか」って言って取ろうとしたり
(もちろん言われた客は「おほほ、なかなか愉快な冗談だわ」と言って感謝の印に飴やガムをくれる)
そういう"とんち"的な冗談ならダムの決壊のようにどんどん溢れ出す。 まるで玉のウラをさすってもらいながら昇天する時の射精のように。
2回も例えてどうする?俺はばかか?
とんちというのは面白いのだが今のところ一休さんか俺ぐらいしかそれを率先して披露する人はいない。 つまり300年間で2人しかいない希少な芸なのだ。
俺はとんちだけは破壊したくないし、かといって後継者を捜す気力などない。 つまり俺が今とんちを封印すれば、この世からとんちは完全に抹殺されてゴミくず以下の扱いとなるのだ。
それはオナニーという名の大虐殺やアウシュヴィッツの惨劇、もしくは東京大空襲に等しい忌まわしい事件だ。
そんな事はあってはならない。あっちゃいけないんだこんな事!
そう思った瞬間、俺の意識は飛んだ。




セミ書房から出ている漫画雑誌、月刊架空に漫画を描かせて頂いてます。
潤一郎のデビュー作『熱病漫画』は6月号、2作目『熱病2』は8月号に載ってます。12月号の表紙も僕の絵です。
最新作『め・た・り・っ・く・て・い・す・と』。は架空13号に掲載されてます!
前2作より絵も内容もグッと良くなって面白いので是非読んで下さいね。

↓架空のホームページはこちらです。
http://www.geocities.jp/bbtugeken/0wk00.html 僕の漫画が読みたい方は上記のサイト内にある"SHOP"というところをクリックして6月号と8月号を注文してください。
よろしくお願いします。

なお、潤一郎へのご意見ご感想はこちらのメールにお願いします。
gokejun@hotmail.com

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