β細胞損傷のメカニズム




猫の糖尿病は一定期間の食事療法とインスリン投与で治るケースもよくみられますが、糖尿病の発見が早いほど治癒率は高くなります。逆に発見が遅れれば遅れるほど、治癒が困難になってゆきます。
人間の場合でも、最初は食事療法のみでコントロールできていたはずの糖尿病が、管理を怠ると病状が悪化し、インスリン無しではコントロールができなくなってしまうこともあります。
これは、糖尿病の初期では膵臓ランゲルハンス島β細胞のダメージが可逆的なのに対し、高血糖を放置することでそのダメージが進行し、やがては不可逆的になってしまうからです。実際、Gleason等が行った実験では、様々な濃度のグルコースを含む培地中でβ細胞を培養した際、高濃度のグルコース中にβ細胞が長期間曝されるほど、インスリンを産生する能力が失われてゆき、高濃度グルコース培地でβ細胞を培養した後低濃度グルコース培地に移行させると、その時期が早ければインスリン産生能力は回復するが、その時期が遅くなるほど回復率が悪くなることが証明されています。1)
ここでは、高血糖状態によってどのようにβ細胞のダメージが進行していくか、そして何故発見が遅れるとダメージが回復しにくくなるかを説明いたします。

グルコース毒性
アミロイドーシス



グルコース毒性

グルコースは、エネルギー源として重要な役割を果たすが、血中のグルコース濃度が標準値より高い状態が持続することにより、様々な臓器にダメージが起き、膵臓のβ細胞も破壊されてしまう。このようなグルコースの有害作用をグルコース毒性という。これには、以下のメカニズムが示唆されている。
2)

1.高血糖による有害物質及び活性酸素の産生
グルコースは下図のように様々な経路を経て体内で代謝されるが、それぞれの段階において活性酸素が発生する。活性酸素は、体の機能を維持する上で重要であるが、過量に発生することで体に様々なダメージを与える。


(1)グルコースが代謝されて生成したグリセルアルデヒドの自動酸化により、毒性の強い過酸化水素とα-ケトアルデヒドを生じる。
(2)グルコースから生成したジヒドロキシアセトンが、還元及びアシル化を経てジアシルグリセロールを生成し、これがプロテインキナーゼC(PKC)を活性化する。PKCは、細胞の分化、増殖、アポトーシス(細胞の自然死)に関わることが知られている。
(3)(4)グルコースから生成したメチルグリオクサル等が蛋白質と結合することにより糖化が起こり、種種の最終糖化産物(AGE)を生じる。AGEは膵臓のランゲルハンス島以外にも、網膜、神経、腎臓等に様々なダメージを与える。
(5)グルコース濃度が高くなると、フルクトース6-リン酸からグルコサミンが多量に生成する。グルコサミン濃度が高くなると、過酸化水素濃度が上昇し、β細胞のグルコース感受性の低下及びインスリン分泌が低下することが知られている。
(6)解糖(グルコースからピルビン酸ができるまでの過程)、TCAサイクル、及び酸化的リン酸化は、グルコースからエネルギーを産生する主要経路である。解糖系とTCAサイクルを経て生成した補酵素NADHが酸化されると、電子伝達系によりプロトン(H+)がミトコンドリア内膜外側に輸送され、ミトコンドリア内膜の内外にプロトン勾配が生じる。このプロトン勾配は、以下のように高エネルギー化合物ATP(アデノシン三リン酸)の生成に利用される。
 ADP3- + H+ + Pi <--> ATP4- + H2O
しかし、過量のグルコースによりこの経路が促進されると、ミトコンドリア内膜内外の水素イオンの勾配が増大し、活性酸素の一種であるスーパーオキシドが多量に発生する。


2.高血糖及び活性酸素がインスリン遺伝子に及ぼす影響

(1)β細胞が高濃度グルコース中に慢性的に暴露されると、PDX-1やMafAなど、インスリンの元となるDNAのプロモーター部分(DNAから蛋白質が産生される最初の過程に関わる部分)を活性化する蛋白質が失われ、その結果インスリン産生量が著しく低下することが知られている。
(2)糖尿病患者には、高脂血症も多いことが知られている。ラットに血糖降下剤フロリジン(Phlorizin)若しくは高脂血症治療薬ベザフィブレートを使用した実験では、血糖降下剤フロリジンにより膵島のトリグリセリド濃度も下降し、インスリンDNA構造も保持されたのに対し、高脂血症治療薬ベザフィブレートにはその効果がなかったことから、膵島でのトリグリセリド濃度上昇にはグルコース濃度が関連していることが示唆される。トリグリセリドの構成要素であるパルミチン酸は、インスリンDNAからインスリンが合成される過程を阻害することが知られている。
(3)高濃度のグルコース中で膵島を培養すると、Bad、Bid、Bikなどのアポトーシス(細胞の自然死)を促進させる蛋白質が多量に産生されることが実験で証明されている。また、酸化防止剤によりパルミチン酸によるアポトーシスが阻害されることから、パルミチン酸によって誘導されるアポトーシスには活性酸素が関連していることが示唆されている。



アミロイドーシス

猫の糖尿病における膵臓ランゲルハンス島β細胞のダメージは、上記のグルコース毒性とアミロイドーシスの組み合わせで起こることが知られている
3)。アミロイドーシスによる糖尿病は、猫以外にヒトの2型糖尿病及び及びサルで起こることが知られているが、他の動物では知られていない。

血糖値が上昇すると、膵臓ランゲルハンス島β細胞からインスリンが分泌される際に、同時にアミリン(islet amyloid polypeptide, IAPP)という蛋白質が分泌される。アミリンは、分泌された後、インスリンと共に血糖値を下げる作用があることが示唆されている。
インスリンは、高血糖状態が続くと、上記のグルコース毒性等により産生量が低下していくが、アミリンの産生量は低下しない。アミリンはインスリンと同時に分泌されるので、インスリンが分泌されなくなると過剰なアミリンが分泌されずβ細胞内に留まるようになる。インスリンの産生量の低下により、ますます血糖値は上昇し、それに伴いアミリン産生量も増加し、β細胞に蓄積する。

蓄積したアミリンは、以下の過程により不溶性の線維構造を持ったアミロイドを形成する。

1)アミリンは正常な状態では折りたたみ構造になっており、親水部が外側に露出し、疎水部は内部にたたみ込まれている。
2)グルコース毒性によって生じる活性酸素等の作用により、折りたたみ構造の形成を阻害されると、疎水部が露出した形となる。
3)疎水部が露出したアミリン同士は凝集する傾向があり、不安定なオリゴマー(少数の蛋白質同士の重合体)を形成する。
4)重合体が安定化すると、不溶性の線維構造を持ったアミロイドとなるり、β細胞に沈着し、その結果更にインスリンの分泌は妨げられ、ついにはβ細胞を破壊してしまう。

猫の糖尿病の場合、膵臓において、部位選択的にアミロイドが蓄積し、ランゲルハンス島のみが病変し膵臓の他の部分は正常であることが知られている。同じ年齢の糖尿病猫と非糖尿病猫を比較すると、糖尿病猫においてアミロイドによる病変を受けたランゲルハンス島細胞がより多く認められる4)。猫の場合、アミリン処理過程が他の動物と比較して特有で、アミロイドの沈着が起こりやすいことが示唆されている。

アミロイドの沈着は、経口血糖降下剤グリピザイドやステロイドの使用によっても促進されることが報告されている5)6)





参考文献
1) C. E. Gleason, et al.; Determinants of Glucose Toxicity and Its Reversibility in the Pancreatic Islet Beta-cell Line, HIT-T15; Am J Physiol Endcrinol Metab 279: E997-E1002, 2000
2) R. P. Robertson; Chronic Oxidative Stress as a Central Mechanism for Glucose Toxicity in Pancreas Islet Beta Cells in Diabetes; The Journal of Biological Chemistry, 279(41), p42351, 2004
3)
Pet Diabetes Wiki
4) The Merck Veterinary Manual, Diabetes Mellitus
5) M. Hoenig, et al.; Glipizide Leads to Amyloidosis in a Cat Model of Type 2 Diabetes; Dabetologia (suppl. 1), A648, 1998
6) Provet Healthcare Information



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