第六章:緊急病院から専門病院へ

2007年11月9〜10日



緊急病院に着いたのは、夕方の6時半ごろだった。緊急病院は、通常の病院が閉まる週日の夜及び週末に営業しており、この日は金曜日だったので、月曜日の朝まで開いている予定だった。私は受付の女性に、キャリーケースに入ったみぬと一緒にキャットホスピタルでの検査結果を渡した。一週間前に原因不明の倦怠が原因でみぬを連れてきたばかりだったので、スタッフもみぬを覚えていてくれた。
しばらく待合室で待った後、私は診察室に呼ばれた。前回と同じ当直の先生がみぬの状態を説明しに来た。
「残念ながら、状態はかなり悪いです。体が酸性に傾いて、電解質がバランスを崩していて、脱水もかなり進行しています。水分を補給するとともに、電解質のバランスを正常に持っていく治療を行いますが、この状態になってしまうと30%助からない可能性があります。病院は月曜日の朝までずっと開いていますので、夜中でも構いませんのでいつでも電話してください。こちらも、出来る限りみぬ君が快適に過ごせるようにします。」

家に帰ると、一人で留守番をしていたフローラが「にゃ〜」と鳴いて私を迎えてくれた。
「お兄ちゃん、ちゃんと帰ってくるからね。フローラもお兄ちゃん応援しようね。」
この晩、フローラは私にくっついたきり離れなかった。

翌朝7時、まず朝起きて、この段階で緊急病院から連絡が無いことで、「便りが無いのは良い便り」と信じた。みぬの容態急変など何か悪いことがあれば、病院側から連絡があるはずである。
私はみぬの状況確認のため、緊急病院に電話をかけた。当直の先生がみぬの状況を説明してくれた。
「昨夜よりは状態もよくなっています。最終目標は、ナトリウムやカリウムを正常値まで持っていくことです。またいつでも電話してください。」
とりあえず、少しでもよくなっているとのことだったので、救われたような気がした。

正午、再び緊急病院に電話をかけた。今度は別の先生が電話に出た。
「当直の先生によると、昨夜よりはよくなったということですが、まだ電解質バランスは目標値に達していません。みぬちゃんに会いに来ますか?」
「はい、今からお伺いします」
適当に寝癖を直し、ファンデーションと口紅だけで化粧を済ませ、緊急病院に向かった。

緊急病院の奥の部屋には犬用猫用大小様々なケージが並べられていた。アシスタントの女性が、「みぬちゃんはここですよ」と案内してくれた。中では脚にカテーテルをつけられたみぬが、ウエットフードの入ったトレイを下敷きにして、フードで体をべとべとにしてぐったりと横たわっていた。一晩見なかっただけなのに、更に痩せたように見えた。私はみぬの力ない体に両手を乗せた。
しばらくして、先生が入ってきた。
「みぬちゃんの飼い主ですね?」
「そうです。みぬ、あまりよくなっているようには見えないんですけど…。」
「そうですか?当直の先生は昨夜よりは大分よくなったと言っていましたけど。えっと、難しい説明になりますが…」
先生が、私にみぬの状態を素人に分かりやすく説明しようとして言葉に詰まっていたので、私が、
「私は薬剤師です」
と言うと、先生は昨夜からの検査値を私に見せながら、みぬの体の中で起きていることを詳しく説明してくれた。
「なかなかナトリウムとカリウムが思ったように上がってくれないんですよ。月曜日の朝には内科の先生が来ますので、そのときに詳細な診察が行われます。」
月曜日の朝まで、二日間この状態で持つかどうか不安だった。
先生が「検査の時間ですので、しばらく待合室でお待ちください。」と言うので、私はみぬに「じゃ、またね」と言って待合室に戻った。

待合室で数十分待った後、診察室に呼ばれた。
「これだけやって治療効果が出ないということは、糖尿病以外に何か問題があるかもしれない。サンタクルーズのクリティカリスト(重病治療の専門家)に診てもらうことをお勧めします。どうしますか?」
サンタクルーズといえば、ここから山を越えて車で40分かかる。しかし、それで助かるのなら40分のドライブなど問題ではなかった。
「できることはなんでもやります。」
「わかりました。それでは準備しましょう。」

受付の女性から病院での検査結果及びサンタクルーズの病院までの道案内を受け取った。サンタクルーズに向かう車中、私は何度か助手席に置いたキャリーケースの中に手を入れ、みぬがちゃんと呼吸をしていることを確認した。相変わらず呼吸は荒かったが、ちゃんと生きていてくれているだけでも救いだった。みぬは相変わらずとても静かだったが、数回体位を変えるために動いた。サンタクルーズに向かう道は曲がりくねっていたため、早く目的地に着きたい反面、みぬに不快な思いもさせたくなかったので、運転には気を使った。

サンタクルーズの病院に着いたのは、夕方の4時ごろだった。受付にはすでにみぬの情報が伝わっていたため、手続きは早く済んだ。
「サンノゼからの転院ですね」
耳たぶに大きな円いピアス穴を開けた若い男性がみぬをすぐに診察室に連れて行った。待合室には、この病院で難病を克服した犬や猫のアルバムが4冊ほど置いてあった。リンパ腺腫瘍、白血病、腎不全…みぬもこのアルバムに紹介されている犬や猫たちのように、この病院で命を救われることを祈った。もちろん、この病院でも、治療の甲斐なく命を落とした犬や猫も多数いたのだろうが…。

数十分待った後、診察室に呼ばれた。クリティカリストのC先生は、ソフトなやさしい話し方をする比較的若い女性だった。
「今までの経過を説明してください。もう何度も同じ説明をしてお疲れかも知れませんが。」
私はハロウィーンの初診の日から起きたことをできるだけ詳細に説明した。最初に処方された経口血糖降下剤を飲んだ後気分が悪くなったこと、その翌日原因不明の倦怠で緊急病院に運ばれたこと、翌週インスリン用量決定のため連日病院通いをしたこと、そしてその後体調が急変したこと…。
「大変な一週間でしたね。」先生はノートを取りながら言った。
C先生が「うちのプロトコルで治療をすると、90%は助かります。これがだめなら他の方法を試します。」と言うので、私は「何故サンノゼの病院では効果が出なかったのでしょうか?」と訊いた。先生曰く、
「恐らくその病院では治療方法が限られていたのでしょう」とのことだった。その他、みぬの性格についても訊いてきたので、大人しいけど誰にでもフレンドリーで、家に大人数のゲストが来ると流石に怖がるけど、一人二人くらいなら全然平気であることを説明した。

受付で、見積書を渡された。最低3日間の入院が必要とのことだった。猫保険に入ってはいたが、前日までのキャットホスピタル及びサンノゼの緊急病院での治療費を合計すると、カバー金額を既にオーバーしていた。最後に、受付の女性が「みぬちゃんにおやすみなさいを言いますか?」と言って、私を病室に案内してくれた。
「ここには24時間必ず誰かがいます。」
病室の奥のケージでは、まだここでは何も治療を受けていないはずなのに、みぬが脚にカテーテルをつけたままか細い声で「みゅ〜」と鳴きながら外に出たがって歩き回っていた。
私が「昼間よりよくなっているみたい」と言うと、受付の女性は「既に?」と言って微笑んだ。

家に帰る頃には、すっかり暗くなっていた。丁度私が住んでいるコンドミニアムの駐車場に入ったところで、同僚の女性が心配して私の携帯に電話をかけてきた。
「サンノゼの緊急病院でなかなかよくならなかったから、今サンタクルーズに転院させてきたの。でも、私が帰る直前には、鳴きながらケージの中を歩き回ってた。」
「歩けるようになっただけでもよかったじゃない。何かヘルプが必要だったらいつでも電話してね。」

帰宅すると、すぐに電話が入った。C先生からだった。何か悪い知らせか?と恐る恐る受話器を取った。
「みぬちゃんが快適に眠れるように、ケージの中に電気毛布を入れておきました。今気持ちよさそうに寝ていますよ。」
C先生の優しい声での報告に安心した。





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