糖尿病と歯周病




成猫の7-8割は程度の差はあれ歯周病にかかっているといいますが、最近、人間でも猫でも歯周病と糖尿病は密接に関連しあっていることが明らかになっており、様々な研究が発表されています。実際、獣医さんに歯のクリーニングをしてもらったら血糖値が安定したり、中にはインスリン離脱できてしまう子もいます。
歯周病は、糖尿病のみでなく、心臓、肝臓等他の臓器の疾患の原因にもなりますので、できるだけ歯を奇麗に保つよう心がけてあげましょう。

糖尿病と歯周病の関係
歯周病の種類
家庭でのケア
獣医によるプロのケア



糖尿病と歯周病の関係

糖尿病と歯周病は、まさに卵と鶏の関係。どちらかが悪化すると、両方悪化するという悪循環に陥ります。その関係については、以下の要因が示唆されています。

1.ポリオール経路促進によるソルビトールの蓄積及びAGE(終末糖化産物)の増加
グルコースの大部分は解糖系で代謝され、エネルギー源となるが、その一部はポリオール経路で代謝される。ポリオール経路は大きく分けて二つの過程から成り、1)まずグルコースはアルドース還元酵素によりソルビトールに変換され、2)ソルビトールはソルビトール脱水素酵素によりフルクトースに変換される。

血中のグルコース濃度が正常であれば、ごく一部のグルコースがこの経路で代謝されるのみだが、糖尿病で高血糖状態になると、アルドース還元酵素が活性化し、多量のソルビトールが生成される。
ソルビトールは、通常更にソルビトール脱水素酵素によりフルクトースに変換された後、大部分のグルコース同様解糖系で代謝されるが、ソルビトールの濃度が高くなるとソルビトール脱水酵素が追いつかなくなり、大量のソルビトールが細胞内に蓄積することになる。これにより、電解質の異常が起こり、糖尿病性神経障害など様々な機能障害が起こる。

また、グルコース濃度が高くなると、糖化反応(メイラード反応)も進む。これはグルコースやフルクトースが蛋白質と結びついて起こる反応で、最終的に様々なAGE(Advanced Glycation Endo-products、最終糖化生成物)を産生する。

フルクトースはグルコースより蛋白質と結合しやすく、上記のポリオール経路の促進によりフルクトースの生成が進むと、メイラード反応も促進され、AGEが体内に蓄積する。これらのAGEは、アポトーシス(プログラムされた細胞死、細胞の自殺ともいわれる)を促進させることが示唆されており、それにより膵臓ランゲルハンス島β細胞が死滅して糖尿病が悪化し、また歯肉の炎症も治りにくくなり、歯周病が悪化すると考えられている
1)

2.活性酸素
歯周病は、Porphyromonas gingivalis等のグラム陰性菌感染による慢性的な歯肉の炎症である。感染により、免疫細胞の一種であるマクロファージが刺激されると、一酸化窒素(NO)を産生する。NOは元来マクロファージが病原菌と戦うために産生するものだが、過剰に産生されると様々な細胞にダメージが起きる2)。こうして、β細胞のダメージ及び歯周病の悪化が促進される。

3.サイトカイン
Porphyromonas gingivalis感染により、歯肉に炎症が起きると、免疫細胞からTNF-α(腫瘍壊死因子)等のサイトカインが血中に放出される。サイトカインとは、特定の細胞にシグナルを送る物質であり、普段TNF-αは腫瘍細胞を壊死させるために役立っているが、大量に放出されると、インスリン抵抗性を高めてしまうため(つまりインスリンの効きを悪くしてしまうため)、その結果血糖値が上昇する



歯周病の種類

1.歯肉炎(Gingivitis)
症状:歯垢や歯石が付着し、歯茎が赤く腫れた状態。状態は可逆的。
治療:歯垢と歯石を除去する必要があるが、歯垢は歯磨きで除去できても、歯石はスケーラーを用いて除去する必要がある。

2.歯周炎(Periodontitis)
症状:歯肉炎が進行した状態。歯肉からの出血が起こり、口臭、よだれ、歯のぐらつき、歯肉の後退若しくは過形成などが見られる。食べるときに痛がったり、片方の歯だけで噛むようなときは注意。不可逆的なダメージ。
治療:歯垢と歯石の除去に加え、外科手術、抜歯等が必要になる。

歯周炎まで状態が進んでしまうと、治療が大変になります。なるべく早いうちに獣医によるプロのケアをお勧めします。




家庭でのケア

野生の猫は、鳥やネズミなどの小動物を食べるとき、肉を骨から引き剥がす際に自然に歯がきれいになります。しかし、家猫ではなかなか自分で歯をきれいにする機会がありません。そこで、飼い主が歯を磨いてあげるのが理想的です。少なくとも隔日、できれば毎日歯を磨いてあげたいところですが、子供の頃から口を無理に開けられることに慣れていない猫は、当然無理に歯磨きをされると嫌がります。
まず、以下のプロセスで歯磨きに慣れさせてみましょう。

準備するもの
−最初は綿棒、ガーゼなど、猫ができるだけ嫌がらないものを。慣れたら猫用歯ブラシを使う。
−歯磨き粉は必ずしも必要ではないが、猫好みの味のついたものなら歯磨きに慣れさせるのに便利。人間用歯磨き粉は使わないこと。
−ツナ缶の汁など猫の好きな味のするものがあると便利。
−タオルや洗濯ネットに猫を包んで引っかかれたり噛み付かれたりするのを防ぐ人もいる。

手順
1.綿棒や、ガーゼを巻いた指を口の中に入れ、猫の前歯に当ててみる。嫌がるようならツナ缶の汁などを付けてみる。
2.1に慣れたら、前歯を綿棒や指でこすってみる。
3.少しずつ綿棒や指を口の奥に移動させていく。尚、歯の裏側は猫が自分で舐めてきれいにするので、磨くのは表面だけでよい。
4.奥歯まで磨けるようになったら、猫用歯ブラシを試してみる。

とはいっても、猫の歯磨きは難しいものです。猫が好むなら、鶏手羽先を骨付きのまま与えると、小動物を食べるのと同じような効果が得られるという話もきいたことがあります。それでも、どうしてもダメなら、以下の「プロのケア」をお勧めします。
尚、ドライフードやトリートが歯にいいとよく言われますが、実はこれらは糖尿病猫の体によくないばかりではなく、歯磨き効果もないそうです。人間だって、硬いおせんべいを食べても歯がきれいならないのと同じです。





獣医によるプロのケア

家庭での歯磨きにより、歯垢を取り除いてあげることは出来ますが、歯石まで取り除くことはできません。こうなったら、スケーラーを使ったプロのケアが必要になります。
麻酔を使わずに歯のクリーニングが可能と謳っている獣医もいますが、大部分の猫では全身麻酔を使わなければ細部のクリーニングは無理です。
確かに、持病のある猫に、麻酔をかけるのは心配です。しかし、糖尿病だからこそ歯のクリーニングが必要なのです。そこで、担当医とのコミュニケーションが重要になります。

事前の確認事項
−まず、担当医には猫が糖尿病であることをしっかり伝える。他にも、高齢、合併症などのリスクファクターは忘れずに伝えておく。
−使用する麻酔の種類とその安全性。
−治療中のデキストロース含有液の使用の有無。(デキストロースを使用するとその後の血糖コントロールが難しくなる)
−治療中に血糖値を管理してもらえるか。当日は朝からインスリンを打つべきか否か。
−他にも与えている薬がある場合は、その薬を治療前に与えるべきか否か。
−治療に要する時間。入院の必要性の有無。

当日
−治療が午前中に行われる場合は朝食を与えない。食べてから胃が空になるまでに要する時間は4-5時間程度。
−朝から水は飲ませてもよい。
−事前のインスリンやその他の薬の投与の必要性も獣医の指示に従う。
−入院が必要な場合、食事療法を行っている場合はその旨伝える。
−治療が完了し、家に帰っても、麻酔が切れてまっすぐ歩けるようになるまで食事を与えない。
−治療後は喉が渇くことが多いので、新鮮な飲み水を用意しておく。
−抜歯や外科手術が行われた場合は、その後の投薬等のケアについて獣医の指示に従う。





参考資料

1) Diabetes-Enhanced Inflammation and Apoptosis - Impact on Periodontal Pathology; D.T.Graves et al, J Dent Res 85(1): 15-21, 2006
2) Proinflammatory and Antimicrobial Nitric Oxide in Gingival Fluid of Diabetic Patients with Periodontal Disease; U.Skaleric et al, Infection and Immunity, Dec. 2006, 7010-7013




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